fabcrossで書いた記事まとめ

東京発、世界へ——折りたたみ自転車「iruka」創業者のこだわりを実現したプロダクトデザインの軌跡
足立区の町工場発「端材」に命を吹き込む「チョコ・ザイ」がハンドメイド作家たちと出会った
振動で視覚障害者の歩行をサポートする「あしらせ」——ユーザーと共に作り上げる開発体制
毛管力で水を吸い上げ「色」で水やりのタイミングを知らせる「SUSTEE」ができるまで
筑波大学発スタートアップ 下肢障害者のための立って乗る車いす「Qolo」はモビリティが持つ「自由さ」を体現する
ワイヤレス給電で世界一を目指すB&PLUS モビリティ、工場、医療、海洋など幅広いシーンで活用が広がる「ワイヤレス給電」の現在と未来
子どもたちが試行錯誤を楽しみながら新しいモノやコトを創造する力を育む——組み立て知育玩具「TEGUMII」に込めた思い
足が不自由な人が自分の足でこぐ車いす「COGY」に見る、人と道具の関係
研究者に聞いた「折り紙」をものづくりに取り入れるヒント——筑波大 三谷教授
豊橋技術科学大学ICD-LAB「弱いロボット」に学ぶものづくりのアイデアのヒント
元鉄筋工が開発した鉄筋結束ロボット「トモロボ」を作り上げた「引き算の開発」とは?
自律+軌道走行のハイブリッド自動搬送ロボットで、物流現場の問題解決に挑むLexxPluss

「fabcross」「fabcross forエンジニア」サイト閉鎖

1週間前の3月18日に、「fabcross」と「fabcross forエンジニア」が3月いっぱいで終了・閉鎖になるというお知らせが届いた。

「fabcross」、「fabcross forエンジニア」サイト閉鎖のお知らせ | fabcross(魚拓)

自分がfabcrossのニュース系記事の原稿チェックに関わり始めたのが2020年1月。最初に書いた記事が載ったのが2021年2月。で、2024年6月いっぱいで、こちらの都合で編集から退かせてもらうことに。なので最近は一読者だった。編集に関わっていた頃、期末になると「来期も継続できるか?」という話が持ち上がってはいたのだが、最後はあまりに急な決定でびっくりはした。これだけのコンテンツは間違いなく資産だと思うのだけど、ただ消してしまうのはホントに惜しいよなぁ。

10周年のときに淺野義弘さんが書いてくれた記事を貼っておこう。

積み重ねて1万本超! 10周年の歩みを人気記事と振り返る【#fabcross10周年】 | fabcross(魚拓)

MONOistの八木沢篤さんの編集後記に涙。

fabcrossに敬礼!:メカ設計メルマガ 編集後記 - MONOist


東京発、世界へ——折りたたみ自転車「iruka」創業者のこだわりを実現したプロダクトデザインの軌跡

※2025年3月末「fabcross」運営終了に伴い、自分が書いた記事をアーカイブとして転載しました。

自転車の起源は1813年といわれ、およそ200年の歴史がある。最初は足で地面を蹴って走る二輪車だった。そこからさまざまな改良が加えられ、100年以上前には今のような形になった。今では日常の移動、スポーツ競技、旅行の手段と、さまざまな用途で多くの人に使われている。

そんな成熟した自転車市場に2019年、東京発の新たな折りたたみ自転車「iruka」が登場した。irukaの開発元であるイルカの代表取締役 小林正樹氏と、設計に携わったプロダクトデザイナーの角南健夫氏に、開発時にどのような壁に突き当たり、それをどうやって乗り越えたか、試行錯誤の過程を聞いた。(撮影:加藤タケトシ/取材協力:OVE南青山)

ジャックナイフのように折りたためる自転車「iruka」

irukaは、「ミニベロ(小径車)」と呼ばれるタイプの自転車で、かつ「折りたたみ自転車」でもある。同じカテゴリーの自転車ブランドとして、英Brompton(ブロンプトン)、独birdy(バーディ)、米DAHON(ダホン)などが挙げられる。どれも数十年の歴史があり、世界中で愛されるブランドだ。

折りたたみ自転車はたたみ方の機構にそれぞれ特徴があるが、irukaは折りたたんだ際の車輪の収め方に一番の特徴がある。「ジャックナイフフレーム」と名付けられたトップチューブのスリットに、折りたたんで前に持ってきた後輪を格納するのだ。


irukaはシーンに合わせて「ラン」「ウェイト」「ウォーク」「スリープ」の4つの形態に姿を変える。

irukaにまたがると自然と目に入るスリットは意外に大きく、なかなかのインパクトがある。開発元の小林氏が友人の結婚式に出席していたときに、スタッフが折りたたみ式のソムリエナイフを使ってワインの栓を開けるのを見てこの機構を思いついたそうだ。

さらに、折りたたんだ車輪をキャスターにして、転がして運べるのも他の折りたたみ自転車にはない特徴だ。小さなキャスターが付いていて、自転車の車輪を使わずに転がすタイプのものもあるが、小林氏いわく「エレガントじゃない」という理由から、自転車の本来の車輪で転がせることにこだわった。

折りたたみ自転車の第一印象は「思ったよりも走る」

小林氏が初めて折りたたみ自転車に乗ったのは、2004年のこと。結婚を機に家の周りを走る生活のための自転車を買おうと、知人が勤める自転車店を訪れた時だ。ワンフロアをほぼ折りたたみ自転車が占めていて、自然と目に入ってきたそうだ。

「折りたたみ自転車ならオフィスに持ち込んでも邪魔にならずに置ける、通勤にも使える」と気がついて、その場で購入を決めた。ダホンの自転車だった。車輪が小さいため、こいでもなかなか進まないイメージを持っていたが、さっそく乗ってみた第一印象は、「思ったよりも走る」だったそうだ。

イルカ創業者の小林正樹氏。

しかし、乗っているうちに不満を感じる点もいくつか見えてきたのだという。

1つは折りたたんだ状態での持ち運びや置き場の問題。通勤で乗ってオフィスの入ったビルに到着した後、10kgを超える自転車を持ってビル内を移動するのは、短い距離とはいえなかなか大変な作業だった。また、折りたたんでも会社のデスクの下に置けるほどにはコンパクトにならなかった。

もう1つは、走行性能に関する問題だ。小林氏が購入したダホンの自転車は、トップチューブの真ん中辺りで横に折るタイプ。上り坂でペダルを踏み込むとフレームがきしんだり、ハンドルポストがたわんだりした。

「最初は気づかなかったけれど、乗り込んでいくと『これが、剛性が足りないということか』と分かってきました」(小林氏)。

会社が上場を果たし、次のチャレンジを探していた

しかし、もともと自転車が趣味というわけでもなかった人が、折りたたみ自転車を気に入ったから、不満な点が多少あったからといって、いきなり「新しい折りたたみ自転車を自分でつくろう」とはならないだろう。何が彼を駆り立てたのか。

かつて小林氏はインターネット広告代理店オプトの創業メンバーで、財務など管理部門全般の担当役員であり、上場準備の責任者でもあった。小林氏が折りたたみ自転車に出会ったのは、2004年にオプトが上場を果たした少し後、一大事業を終えて「次は何をしようか」と漠然と考えていた時期だったのだ。

そんな頃、経営陣のミーティングで、互いの理解を深めるために個人の夢を共有することになった。自分はどんな夢を話そうか、それ以前に自分の夢は何なのか。考えを整理するために、仕事に関わること、趣味でやっているテニスやボディボードに関わることなど、思い浮かんだことを書き出していった。いくつも挙げた中で、「『自分で折りたたみ自転車ブランドをつくる』と書いた時に、『これだ』と思った」のだという。

そうして思いが定まった小林氏は2008年にオプトを退職し、イルカを創業。IT業界を離れ、ものづくりの世界で起業することになった。

自転車業界の構造、市場動向の把握からスタート

手始めに、自転車ショップの知人に話を聞いた。自転車業界の構造がどうなっているのか、どんなプレイヤーがいて、お金がどのように流れているのかといった全体像を把握した。

さらに、香川発の自転車ブランド「Tyrell(タイレル)」を開発したアイヴエモーションの廣瀬将人社長にも飛び込みで会いに行ったそうだ。廣瀬氏は、独学で自転車づくりを学び、自らデザインしてタイレルを立ち上げた人物だ。

「廣瀬社長は、私からするとオリジナルの自転車ブランドを立ち上げた大先輩。何から着手して、どのような手順を踏めば自転車をつくれるのかが大まかに見えてきました」(小林氏)。

当時、廣瀬氏は「日本で製造するのは無理」だと話していたという。今でこそタイレルは日本で製造しているが、2000年代前半は、日本での自転車生産は完全に台湾、中国に取って代わられていて、国内で量産するのはほぼ不可能だったのだ。

「自分も台湾か中国へ生産パートナーを見つけに行くんだろうなと思いました。そのためには、とにかく図面が必要。でも、私はアイデアだけはあったが設計のスキルはない。そこで、一緒に作ってくれるプロダクトデザイナーを探しました」。

“自転車好き”のプロダクトデザイナー、角南氏との出会い

現在、irukaのプロダクトデザイナーである角南氏は、実は2代目だ。開発を始めた当初は別のプロダクトデザイナーが車体の設計を担当していた。3回目の試作車までは初代デザイナーの設計で、中国へ工場探しにも一緒に行ったそうだ。

車体の設計と並行し、小林氏はirukaに取り付けて荷物を運べるサイクルトレーラーを作りたいと考え、共通の知人を通じて知り合った角南氏に設計を依頼していた。その後、初代デザイナーが事情によりプロジェクトを離脱することになり、角南氏が車体のデザインも手掛けることになった。

irukaのプロダクトデザイナー・角南健夫氏。

角南氏は千葉工業大学で工業デザインを学び、最初は家具メーカーに就職した。インハウスのプロダクトデザイナーとして、さまざまな製品のデザインを経験した後、フリーランスとして独立。2002年に自身のデザイン事務所TSDESIGNを設立した。

「基本的にプロダクトデザイナーはどんな製品でも対応するものですが、自転車は特殊な知識が必要なので、誰でもすぐにできるものではないんですね。その点、自分は高校生の頃から自転車が趣味でしたし、ショップ経験もある、『自転車が得意なデザイナー』みたいなキャラでした。自分としても“好物”な案件だったので、車体の設計も頼んでくれるのなら超うれしい! ぜひやりたい! と思って仕事を受けました」(角南氏)。

試作車は「重過ぎる」「剛性が足りない」

最初の試作車の設計図(写真提供:イルカ)

これがirukaの最初の設計図で、初代デザイナーが書いたものだ。小林氏は、「これを持って、中国へ飛んでいくつかの工場を訪れたが、やはり実物がなければ本気度が伝わらず、話が全然進まなかった」と当時を振り返る。

そこで試作車を作ろうと、協力してもらえる職人を探して、スケルトンモデルを作ってもらった。それが下の写真の試作車だ。意匠も何もないが、この時点で「ジャックナイフ」の構造は一応、達成できていた。

最初の試作車。(写真提供:イルカ)

「次に上海近郊の工場で作った試作車がこれ」と小林氏が見せてくれたのが、次の写真だ。

2回目の試作車。(写真提供:イルカ)

角南氏が最初に見たのは、この段階だったそうだ。小林氏は、「この段階で一応形にはなっているのですが、まだいくつも課題があります」と説明する。最大の問題は「あまりにも重過ぎる」こと。人を乗せてペダルをこいで走らせる上ではフレームの剛性が足りない。またフロントフォークの剛性も足りず、まっすぐ進まない状態だったという。

角南氏は、この1つ後の試作車から車体のデザインに参加することになる。

ジャックナイフフレームを実現した「アルミ押出技術」

「完成したirukaのトップチューブは1本のパイプでできていますが、これは角南さんのアイデアでした」(小林氏)。

「私がたまたま『アルミ押出』という技術を知っていたんです。窓のサッシなどを作る際に使われる技術ですね」(角南氏)。

アルミ押出とは、溶かしたアルミ材に圧力をかけ、金型から“ところてん”のように押出して複雑な断面形状のアルミ材を1つの工程で作る技術だ。

通常、パイプと聞くと1枚の板が続いている下図(左)のような断面のものを想像するだろう。アルミ押出技術を使うと、下図(右)のように中に仕切りが入った状態の1本のパイプを作ることが可能になる。この仕切りに挟まれた部分を削れば、車輪を収めるための穴ができるわけだ。このアイデアと技術によって、irukaの軽くて強いフレームが実現した。

「この技術を提案したことが、私の一番大きな構造的アイデアです」(角南氏)。

アルミ押出技術を用いたことで、溶接箇所を減らすことにもなったと小林氏は話す。

「自転車のフレームは、基本的にパイプとパイプを溶接でつないで作ります。ただ、溶接すると一度その部分が溶けるので、元の温度に戻る時に必ず“歪み”が発生するんですね。それを熱処理で一度柔らかくして中に溜まっているストレス(応力)を取り去り、木づちなどで叩いて誤差を戻していきます。そして最後に、また熱を加えて硬くするプロセスが必要になります」(小林氏)。

つまり、アルミ押出技術を使って1本のパイプでトップチューブを作ったことにより、溶接箇所を4点も減らしたことになる。

「元の作り方だったら、誤差の修正がとんでもない工数になっていたはず。製造コストを大きく抑えるアイデアでもあったと思います」(小林氏)。

最初の試作車から8年がかりで「iruka」完成へ

「そのほかに苦労した点として、折りたたんで固定する構造の設計は何度もやり直しました。生産工場にはそれぞれ得意な技術と不得意な技術があるので、設計を変えるたびに工場を変えたり、逆に工場ができることに合わせて設計を変えたりする必要がありました」(角南氏)。

折りたたみ時の寸法は78×48×35cm。高さを50cm以下にすることにこだわった。

現在は台湾にパートナーがいて、小林氏のエージェントとして工場のコーディネートなどに動いてもらっているそうだ。

そうして数々のトライアンドエラーを繰り返し、最初の試作車から8年の年月を経て、2019年5月にirukaは完成した。

小林氏によると「妥協した要件はほとんどない」ということだが、「重量だけは当初想定していた10kgジャストよりは重くなった。削るのにも限界があったのと、内装方式の変速ギアを譲れなかったため、重量だけは妥協しました」。

開発過程を振り返り、角南氏はこのように話す。

「私が小林さんのアイデアを聞いて、要件を満たした状態ですぐ形にしてフィードバックできるところが、私の“お役立ちポイント”かなと思っています。自転車は『形=機能』なので、形だけ考えても作れない、作れても乗れない、ということが結構あるんです」(角南氏)。

その点で角南氏は、プロダクトデザイナーとしての幅広い経験から具体的な実現方法を提案できる。

「自分はエンジニア寄りのデザイナーだという自覚があります。プロダクトデザイナーにはかっこいい絵だけ描く人もいますが、私は作る方法やコストまで考えるのが好きなタイプ。あらゆる工業の仕事をしてきて、木工、金属加工、板金、プラスチック成形、縫製品などいろいろな技術を経験してきたので、横断的に考えられるのが強み」(角南氏)。

そう話す角南氏が小林氏と出会ったことは、irukaにとってこの上ない幸運だったといえるだろう。

自転車は100年以上前から形が大きく変わっていない

自転車の歴史は長い。角南氏によると、「いくつかの革新があったが、今の形の自転車になってから100年以上、大きく変わっていない」という。そのような成熟した市場に対し、小林氏はどのような勝算をもって参入しようと考えたのだろうか。

「たしかに『自転車』という大きなくくりで見ると成熟している。でも、『折りたたみ自転車』として見れば、まだまだイノベーションの余地があるかなと。ロードバイクのように走行性能を追求すると、どのブランドもだいたい同じ形に収束していきますが、折りたたみ自転車は人によって使い方がさまざまなので、どの方向にも食い込む余地はある。そう考えました」(小林氏)。

ブランドが確立したブロンプトンの折りたたみ自転車は、1台の価格が20万円台から、高いものは50万円にもなる。ニッチでも十分ビジネスとして成立するという考えだ。

「日本における自転車の販売台数は、ほぼ横ばいで推移しています。普及率はこれ以上伸びないけれども、6〜7年に一度は買い替えられているんですね。買い替え需要の中でも、特にロードバイクやクロスバイクなど趣味性の高い自転車のシェアが伸びているというトレンドがあったので、そこにハイエンドの折りたたみ自転車の入る余地は、日本だけでも十分ありうるし、世界でも同じだろうと思っていました」(小林氏)。

最初は「海外だけで売ろう」とも考えていた

2019年の発売当時は「iruka」の1モデルのみだったが、現在はスポーティーなスペックを備えた「iruka S」と、コンフォートな乗り心地に寄せた「iruka C」の2つのモデルを販売している。フレームは共通だが、パーツに違いがある。

「iruka S」が8段変速で、ハンドルがフラットなぶん乗車ポジションがやや前傾。「iruka C」は5段変速で、上体が比較的起きた状態のポジションとなる。タイヤもやや太く安定感があり、街乗り向きのスペックだ。変速機は両モデルとも内装ギアを採用している。

色は、当初はシルバー1色だったが、現在は、ストームグレー、ブラック、ブルー、レッドが加わり、計5色で展開中だ。

「最初1色だけにしたのは、私の強いこだわりでした。選択の余地があるよりは、『irukaといえばこれ』という象徴的なイメージがあった方が販売戦略的によいだろうと、無垢のアルミの色であるシルバー1色にしました」(小林氏)。

最初にシルバー1色で展開したirukaの車体。(写真提供:イルカ)

さらに近々、外装変速機を用いたモデル「iruka X」(仮称)が新たに加わる予定もある。

「内装ギアはペダルを踏み込んだ力が車輪に伝わるのに一瞬のタイムラグがありますが、外装ギアにはそれがなく力が瞬時に伝わります。また外装ギアの方が軽いため、車両全体の重量が1kg前後軽くなります。コストも抑えられるので、SとCの間くらいの価格設定になる見込みです」(小林氏)。

irukaは発売以来、アジアを始めヨーロッパ、北米地域の15カ国(日本含む)に出荷した実績があり、現在までの売上の約半分は海外だという。

「最初から海外で売るつもり、むしろ海外だけでいいと思っていました」と小林氏は話す。

発売した2019年の夏は東京のみで販売を開始し、全国展開する前にはすでにインドネシア、シンガポールへ出荷を始めていた。irukaのWebサイトのドメイン「iruka.tokyo」には、東京発の新しい自転車ブランドを世界に問う意志が込められている。

「折りたたみ自転車の市場としては、日本は3本の指に入る大きい市場。だから無視はできないし、irukaにとっては一番大きなマーケットです。ただ、私の前職が完全にドメスティックな業界だったので、グローバルでやってみたいという思いがすごく強かった」(小林氏)。

日本である程度の成功を収めてから海外へ進出するというのが、当たり前のイメージになっているが、実は難しい。

「日本は、海外からの評価は高いのですが、自国からの評価が低く、そのギャップが一番大きい国なんだそうです。そこから合理的に考えると、日本で成功してから海外に出ていくのは最も難度が高いことになる。日本は少子高齢化でマーケットが縮小しつつあるので、これから起業するなら国内だけでは絶対ダメだし、海外に出て行く人がもっと増えてほしい。そのロールモデルになりたいと強く思っています」(小林氏)。

2024年7月、ドイツ・フランクフルトで開催された自転車展示会「EUROBIKE 2024」に出展。(写真提供:イルカ)

足立区の町工場発「端材」に命を吹き込む「チョコ・ザイ」がハンドメイド作家たちと出会った

※2025年3月末「fabcross」運営終了に伴い、自分が書いた記事をアーカイブとして転載しました。

メーカーが製品や部品を製造する過程で必ず出る「端材」。寸法が余ったものや、作業の残りかす、規格に合わなかったものなどさまざまな端材がある。ものによっては製品となる部分より多いこともあるが、基本的にはすべて廃棄される。そんな端材に新たな価値を与え、蘇らせようとするのが「チョコ・ザイ」プロジェクトだ。(撮影:淺野義弘)

東京・足立区のものづくり企業らが集まって始めたプロジェクト

このプロジェクトに取り組んでいるのは「未来DESIGN」というグループ。TOKYO町工場HUB代表の古川拓氏が事務局長としてまとめ役をしつつ、東京・足立区の町工場の経営者、プロダクトデザイナーらと共に進めている。

未来DESIGNは、プロダクトデザイナーである田口英紀氏が2014年に足立区でものづくりをしている人たちにデザインを教える「デザイン講座」を立ち上げたことから始まった。現在、メンバーは工場の経営者が6〜7割ほど、その他にも作家、デザイナーなどが集まってさまざまな試みを行っている。ちなみに、以前fabcrossで取材した「ミユキアクリル」こと有限会社三幸の小沢頼孝会長もメンバーの1人だ。

その中の実験的な取り組みとして「チョコ・ザイ」がスタートしたのは2022年11月のこと。キックオフイベント「チョコ・ザイ祭り」を、足立区にある未来DESIGNメンバー所有の空き倉庫で開催し、チョコ・ザイの販売とワークショップを行った。その後2023年4月には、足立区の舎人公園で開催された「千本桜まつり」に出展し、チョコ・ザイを100円均一で販売した。

「ちょこっと」の端材を「ちょこっと」だけ加工

ここであらためて「チョコ・ザイ」とは何かを説明しておこう。端的に言うなら、「工場の製造過程で出る端材を、少しだけ加工した材料」のことである。「少しだけ加工」とは、その端材を使う人が怪我をしないようにバリを取ったり、扱いやすい大きさにカットしたりする程度の加工だ。

工場で作るものは規格品であり、ものによっては0.01mmレベルの公差精度が求められる世界である。それに対して端材は“規格はずれ”であり、似たものはあっても厳密な意味で同じ端材はないと言っていい。「そのことを面白味と捉えて、何かに使えないかと考えたのがチョコ・ザイの始まり」だと古川氏は話す。

TOKYO町工場HUB代表で未来DESIGN事務局長を務める古川拓氏。

また、工場で出る端材は基本的に長期間保存するものではない。ある程度たまれば、廃棄ないしリサイクルのために回収されていくし、出る端材を全て加工できるわけでもない。「ちょこっと」の端材を「ちょこっと」だけ加工した材料が「チョコ・ザイ」というわけだ。

一期一会の出会いを面白がってもらいたい

そしてもう1つ、チョコ・ザイの特徴として「賞味期限」がある。本来は回収に出すはずの端材を在庫として抱えるとなると、「それは少し違う」というのが未来DESIGNとしての考え方だ。だから、1日〜数日程度のイベントで販売するか、インターネットで販売するにしても1週間の期間限定販売としている。

「これが、例えば『ハンズに行けばいつでも棚に置いてある』ではちょっとつまらないんですよね。縁日の出店のような感じで捉えてもらえれば」と古川氏は話す。

「今日ここで出会った端材には、もう出会えないかもしれない」、そんな一期一会の出会いを面白がってほしい、面白がれる人に提案したいという思いが、チョコ・ザイのコンセプトには込められている。

クリエイターとの出会いを求めて西へ

2023年8月の終わり、プロジェクトの次なる展開として、東京・世田谷区にあるファブスペース「シモキタFABコーサク室」で、チョコ・ザイをお披露目するイベントが催された。

不定期に催されている「夜のコーサク室」の一環として「『チョコ・ザイ』に出会う会」が開かれ、シモキタFABコーサク室と関わりのあるハンドメイド作家の人たち10人と、未来DESIGNのメンバーが一堂に会した。

実はこのイベントも、偶然の出会いから生まれたものだ。古川氏がたまたまシモキタFABコーサク室を利用しに訪れた際、同施設を運営する一般社団法人CO-SAKU谷の代表・高橋明子氏にチョコ・ザイについて話したことがきっかけだった。

一般社団法人CO-SAKU谷 代表理事 高橋明子氏。

「私自身の本業はマーケティングなので、ものづくりに関しては素人です。この場所をどう使っていくか、試行錯誤しながらここまでやってきました」と高橋氏は話す。クリエイターをはじめものづくりの担い手である人たちの声や要望に耳を傾け、機材やスペースを提供することだけにとどまらず、コーサク室というスペースのポテンシャルを利用者と共に拡げていくことを目指しているという。この「夜のコーサク室」企画やクリエイターと共に開催しているポップアップイベントなどは、まさにそれが形になったものだ。

「ハンドメイド作家さんは、面白い素材を見つけ、それをものづくりに生かすプロフェッショナル。チョコ・ザイの話を聞いて、いい出会いの場を作れるのではないかと思い今回のイベントの形になりました」と高橋氏は開催の経緯を説明した。

チョコ・ザイいろいろ

イベントの冒頭、古川氏はチョコ・ザイのコンセプトを説明し、「私たちにはこれを使って何を作るかというアイデアが特段あるわけではありません。皆さんのような作家さんに、これを見ていただいて、インスパイアされることがあればどんどん使っていただきたいと思っています」と話した。「よかったら見ていってください」の一声の後、めいめいが興味のある材料を手に取りながら、未来DESIGNのメンバーの話に聞き入っていた。

一口に端材と言っても、素材の種類はさまざまだ。金属や樹脂・アクリル、木材、皮革、紙、布、ガラス、陶器のほか、畳の材料であるイグサや縁(へり)の端材もある。どれも“規格はずれ”だが、元は規格品と同じで技術者・職人が厳選した素材だ。

これは、金属加工品の端材。小さな穴の開いた部品をつくるためにプレス機械によってくり抜かれた部分だ。ビンに入っていると星の砂のようできれいだが、くり抜かれた直後は油まみれでバリがある状態なのだそう。繰り返し洗浄して油を取り、バリを取る作業をしてようやくこの形になる。だから、出た端材を全部チョコ・ザイにすることはできない。工場の従業員の方が本業の合間に作業できる範囲内で「ちょこっと」つくるのだ。

イベントに来ていた野村畳店の端材。同店は2007年の全国技能グランプリで優勝し、畳製造技術で内閣総理大臣賞を受賞したこともある。端材も一流の職人が厳選するものだ。

建材店から出る木材の端材。

ワニ、ゾウなどの皮革の端材。

ある程度デザイン・加工されたものもある。

この日シモキタFABコーサク室を訪れた未来DESIGNメンバーのうち、町工場から参加したのは、金属プレス加工の株式会社トミテック代表取締役・尾頭美恵子氏、金網フィルターメーカーであるジャパンフィルター株式会社代表取締役・木村真有子氏、野村畳店の野村祐一氏の3人。

それに対し、ハンドメイド作家は、帽子、革靴、刺繍、アクセサリー、金属工芸、置物など、多方面のジャンルで扱う素材もさまざま。それぞれが興味のあるチョコ・ザイを手に取りながら、何を製造する過程で生まれ、どのような「少しの加工」が施されたものなのか、未来DESIGNのメンバーの説明を真剣な眼差しで聞き入っていた。

作家の1人は、「自分の作品で使っている材料とは全然違う材料を見て、『どんなものが作れるかな』と刺激になりました。これがごみになってしまうのは本当にもったいない。私もそうですが、今日参加した皆さんは何かしらヒントを得たんじゃないかと思います」と話していた。

端材も元は規格品と同じ材料なのに

「今日ここに来ているような方たちにプレゼンテーションしていけば、皆さんのアイデアで端材が息を吹き返すかもしれない。そう思ってやっています」。そう話すのは、未来DESIGNのメンバー・田口氏だ。

プロダクトデザイナーである田口氏は、大手電機メーカーから時計メーカーへ転職し、約20年にわたって時計のデザインをしてきた。香港の事務所に赴任して海外向けの製品をデザインしていたため、在籍期間の半分くらいは海外だったそうだ。

プロダクトデザイナーの田口英紀氏。未来DESIGNメンバーからは「田口先生」と呼ばれている。

そうした経歴のある田口氏には、「とにかく材料に出会ってもらいたい。ものを作る時にこういうものが出るんだということを知ってほしい」という思いがある。

しかし、だからといって無償で端材を配ってしまうと、簡単に捨てられてしまう可能性もある。そのため過去に実施した「チョコ・ザイ祭り」や千本桜まつりでは、1セット100円や150円という低価格で販売した。今回のイベントは、クリエイターにチョコ・ザイを知ってもらうことが目的だったため販売はしなかったが、思いは変わらない。

「やっぱり『買った』という意識を持っていただきたいので。材料として価値はあるんです。例えばこの端材は国産高級車に使われている材料。製品は高価なのに、端材はごみでしかない。でも同じ素材なんです」(田口氏)

チョコ・ザイの今後の展開の1つとして、デザイン専門学校や美大に提供し、教材として置いてもらうことを考えているそうだ。

「実はそういう芸術系の学校で、材料工学を教えているところはあまりないんです。理工系に分類されますし、先生も材料についてはそれほど詳しくない。芸術系以外でも、例えば工業高校でもいいと思う。そういうところに教材として置いてもらうと、一つの手がかりになるかもしれない」(田口氏)

地域の外に踏み出し社会との対話を求める姿勢が広がりを生む

チョコ・ザイの取り組みについて古川氏は、「サステイナブルだとか、社会をよくしようとか、地球環境を守ろうとか、そういうことを大々的に掲げるつもりはない」と話す。その理由は、「工場は本来的に大量生産・大量消費の一端を担っていますから、それを言い出すと空々しく聞こえてしまう」ということだそうだ。「だから、せめて何か面白い角度から取り組むことができないかと、チョコ・ザイを始めました」。

古川氏はこの日も「対話」という言葉を何度も口にしていた。それは未来DESIGNというグループが、会員企業や特定の業界、地域の発展を目指す商工会的な組織ではなく、「対話」と「学び」を目的とするソーシャルラボと定義されていることに基づく。

「私たち未来DESIGNは、『これからの豊かさとは何か』をテーマに据えています。明確に何をしようという目的はありませんが、人と会って話したり、考えたり、社会とコミュニケーションしていくソーシャルラボとして少しずつ活動しています」

その「対話」には、未来DESIGNのメンバー間の対話だけでなく、地域や社会との対話も含まれる。その意味で、シモキタFABコーサク室と実現したイベントは、チョコ・ザイにとって足立区という地域の「外」に踏み出して対話する重要な機会だった。

「私たちにとって、実はこのイベントのような機会が大事なんです。足立区から下北沢へ来て、いろいろな方にお目にかかって話ができるなんて幸せです。たぶん他ではあまり行われていないのではないでしょうか。やはりどうしても身内で固まりがちで、広がりがなくなってしまうので」と古川氏は話す。

その思いはシモキタFABコーサク室の高橋氏も同じようだった。古川氏をはじめとする未来DESIGNに「外向き」な印象を受けたからこそ、「一緒に何かやろう」という考えになったのだと語っていた。

古川氏は、「作家さんたちにチョコ・ザイを見ていただき、いろいろと発見や再確認がありました。1つは、チョコ・ザイのようなアイデアが東京の西側でも受け入れられるということ。もう1つは、チョコ・ザイはあのイベントのような交流の呼び水ともなりうることです」と語る。一方で「次の段階に進むには何かが足りない」とも話し、これからの展開について高橋氏とさらなる取り組みを企画しているそうだ。

今度はいつ、どこで、どんな形で個性豊かなチョコ・ザイたちと出会えるのか、次の展開を期待したい。


振動で視覚障害者の歩行をサポートする「あしらせ」——ユーザーと共に作り上げる開発体制

※2025年3月末「fabcross」運営終了に伴い、自分が書いた記事をアーカイブとして転載しました。

単独で事故が起こる「歩行」はモビリティと言えるのではないか——そのような発想から、視覚障害者の単独歩行を支援するナビゲーションシステム「あしらせ」は生まれた。視覚障害者が街を歩く際に頼りにする耳を邪魔せず、靴に装着して、足の甲、横、かかとへの振動で道順を知らせるあしらせは、2023年1月から実施したクラウドファンディングで760万円近くの支援を集めた。ユーザーを、共にプロダクトを作り上げる“仲間”にして、顕在/潜在ニーズに応えながら開発を進めるAshiraseの代表取締役 千野歩氏とCTOの田中裕介氏にインタビューした。(撮影:新見和美)

視覚障害者の歩行を支援するデバイス

「あしらせ」は、視覚障害者が靴に取り付けて、振動で道順を知らせるデバイスだ。靴に装着するハードウェア、専用スマートフォンアプリ(現在はiOSのみ)、データ収集/解析の基盤となるWebサービスという3つの要素からなるシステムだ。さらにハードウェアは、靴の外側に取り付ける「本体部」と、靴の中に入れて足を包み込むように密着させ振動で情報を伝える「振動部」の2つに分かれる。

ハイカットの靴やブーツでなければ、スニーカーや革のビジネスシューズなどどのような靴にも取り付け可能だ。

本体部には電池やモーションセンサーなどが搭載され、スマホとの通信や振動を制御する。振動部で振動するのは足の甲、外側面、かかとの3カ所、左右で計6カ所だ。片方分の質量は約65g、卵1個分くらいだから歩く上でほとんど負担にならないだろう。専用のアプリは音声で操作でき、目的地を告げるとルートが設定される。それに沿った情報がスマホアプリからBluetooth経由でハードウェアに送られ、振動部が適宜振動して進むべき方角や道順をナビゲートしてくれる。

「ディレクション」と「ナビゲーション」

あしらせの中心となる機能は、「ディレクション」と「ナビゲーション」の2種類ある。

ディレクションとは、ユーザーの体を起点とした方向(向き)を伝えることだ。アプリで目的地を設定した後、歩き出す時にまずどちらの方向へ体を向ければよいかを伝える。例えば、今向いている方向と逆の向きに歩き始める場合は、かかとが振動するので180度向きを変えて歩き出す。そうすると、今度は足の甲が振動するので「この方向で合っているんだな」と分かる、という具合だ。

あるいは、目的地の近くに到着した時、足を地面に「トントン」とすると、モーションセンサーがその動きを捉え、どちらの方向に目的の建物があるのかを伝える機能もある。分かりやすく「トントン機能」と呼ばれるこの機能は、目的地に到着した以外にも、歩いている途中に「あれ、今のところを曲がらないといけなかったかな?」と思った時に「トントン」とすれば、その地点を起点に進むべき方向をあらためて教えてくれる。

ナビゲーションは、道順を伝える(ルート案内)機能だ。設定した目的地までのルートに沿って歩いていて、曲がり角が近づくと、曲がるタイミングと曲がる方向を振動で伝える。曲がる地点まで距離があるところから長い間隔でゆっくりと振動し始め、さらに近づくと振動の間隔がだんだん短くなることで曲がり角までの距離感を伝える。そして曲がり角に来ると、振動部全体を振動させて「ここを曲がってください」という情報を通知する。

ユーザーの現在地はスマホ側のGPSセンサーで検知しているが、ユーザーの体の向きや「トントン」のような動きは靴に装着するハードウェア側でセンシングしている。スマホをかばんの中に入れたままでも使える点は、他の視覚障害者向けのアプリではあまり見られない特徴だ。

あしらせのベースとなる地図データは、外部のサービスを利用し、ルーティングなどを行っている。ただ、そのままでは視覚障害者向けのナビゲーションにはフィットしない場面もある。例えば大きなカーブを道なりに右へ90度曲がる場合、晴眼者からすると「直進」だが、視覚障害者からすると「右折」として知らせてほしいというニーズがあるそうだ。あしらせは、ユーザーが検索したルートを、視覚障害者向けに解釈してそれを振動で伝えるようにしている。

なぜ振動? 直感的なデバイスを目指して

あしらせは、視覚障害者の単独歩行を支援するナビゲーションシステムという位置付けだ。例えば信号や障害物があることを知らせるような機能はなく、あしらせ自体が安全を担保するわけではない。あくまでも安全はユーザー自身が確認するものであり、進む方向や道順の確認をあしらせに任せることにより「安全確認に集中できる環境をつくる」というのが大きなコンセプトだ。

視覚障害者は、聴覚や残存視力、足の裏などをフルに使って外界の情報を得ている。また近年、スマホは視覚障害者が日常生活上のさまざまな行動に欠かせない重要なデバイスになっている。特にiPhoneが多く使われており、カメラを通じて得た情報を音声に変換するアプリや、読み上げ機能を活用したコミュニケーション用途のアプリなど、音声によるスマホ利用で視覚障害者ができるようになることは非常に多い。

ディレクションにしてもナビゲーションにしても、言葉(音声)で伝えることは簡単だ。でも、ただでさえ安全確認を音に頼る部分の多い視覚障害者が「安全確認に集中できる環境をつくる」ことを目指しているからこそ、あしらせは聴覚を妨げないよう情報を振動という直感的なインターフェースで伝えることに徹している。また、スマホの電池の減りをできるだけ抑えるよう設計するなど、細かい配慮がなされている。専用アプリは画面を閉じたまま使えるため、さらに消費電力を小さくできる。

Ashirase代表取締役 千野歩氏

「生活の中に溶け込むプロダクトにしたいという思いがある。視覚障害を持つユーザーが行動範囲を広げるのを後押ししたい」と、あしらせを開発するAshirase代表取締役の千野歩氏は話す。

ホンダで出会った3人で創業

千野氏は2008年に青山学院大学を卒業後、本田技術研究所(ホンダ)に入社。電気自動車やハイブリッド車のモーター制御エンジニアを経て、自動運転システムの開発に従事していた。あしらせを開発しようと考えたきっかけは、2018年に身内に起きた事故だった。90歳近い目の不自由な義祖母が一人で外を歩いている時に川へ落ちて亡くなった。警察の話では「高齢で目が不自由だったため足を踏み外したのではないか」ということだった。

「自動車というテクノロジーは、常に安全を念頭に置いて開発します。外界からの影響が何もなく、単独で事故が起きるなどあってはならないことで、幾重にも安全対策が施されています。歩行も自動車と同じモビリティの一種だと捉えられるのに、『それにしてはテクノロジーが入っていないな』と思ったことがきっかけでした」(千野氏)

事故の後すぐに、地元にある視覚障害者のための福祉団体にコンタクトを取り、当事者にヒアリングを始めた。ホンダでの仕事とは別に、プライベートの時間を使ってアイデアを出し、プロトタイピングとテストを繰り返していった。翌2019年1月には任意団体SensinGood Lab.を設立し、仲間を増やしながらピッチコンテストにも参加した。

Ashiraseの創業メンバーであり、CTO(最高技術責任者)を務める田中裕介氏と出会ったのはその頃だ。東京理科大学を卒業後、システムインテグレーターに就職した田中氏は、ホンダに常駐して開発に従事していたが、その部署に千野氏が異動してきたのだった。千野氏の取り組みを聞きつけた田中氏は「自分も一緒にやりたい」と申し出て、開発に参画することになった。ただ、ホンダの同じ部署で働いていたのは半年ほど。田中氏は派遣元のSIを退職し、ビジネスと技術を学ぶ“修行”のため転職しエンジンバルブ制御のシステム開発に携わった。

Ashirase取締役CTO 田中裕介氏

あしらせにとっての転機は2021年に訪れた。ホンダの新規事業創出プログラム「IGNITION」の第1号案件に採択されたのだ。ホンダからスピンアウトする形で一部出資を受けながら2021年4月、株式会社Ashiraseを設立した。創業時のメンバーは千野氏と、約1年半の“修行”から戻ってきた田中氏に加え、CDO(最高開発責任者)の徳田良平氏の3人。徳田氏は富士通からホンダへ転職した人物で、主にハードウェア周りを担当している。CTOの田中氏は組み込み含むソフトウェア周りを担う。現在の社員は10人ほどで、業務委託のメンバーも含めると約15人で開発を進めている。

視覚障害を持つユーザーと一緒に作り上げる

あしらせは、2023年1月21日から3月5日にCAMPFIREでクラウドファンディングを実施し、100万円の目標金額に対して173人から約760万円の支援金を集めた。目標金額を大幅に上回る支援を集める結果となったが、その狙いは資金調達とは少し違うところにあったのだという。

「まだ世の中にない新しいものを作るときは、自分たちが想像できる範囲だけでテストしても精度が上がっていかないし、ニーズに合致しないものになってしまう。クラウドファンディングをした一番の目的は、視覚障害者の方に実際に使っていただいて、機能へのフィードバックや我々が気づいていないニーズ、利用データを集めたい意図が大きかった」と千野氏は話す。

ただ、お金を頂いてその上にテストユーザーになってもらうのは都合がよすぎるだろうということで、あしらせを購入した人には「1回新品無償交換券」を付けることにした。「あしらせを購入してテストに協力していただけたら、次のバージョンのハードウェアを無償で提供しますよ」という意味だ。

「ユーザーの方たちと一緒にプロダクトを作り上げていきたいと思っています。クラウドファンディングは、その仲間作りの意味を含めたチャレンジ」だと千野氏は話す。

アクセシビリティが鍵

今回のクラウドファンディングは、Ashiraseにとってプロダクトを売る初めての機会でもあった。その意味で、マーケティングの検証という意味合いも大きかったという。いわゆる「4P」のフレームワークにおける製品(Product)以外の価格(Price)、販売経路(Place)、広告/販売促進(Promotion)をどうすべきかのテストだ。

あしらせは視覚障害者向けのプロダクトだから、一般的なECサイトに掲載すればすんなり売れるわけではない。そもそもあしらせをどのように認知してもらうか、視覚障害者自身が本当にインターネットで購入できるのか、スムーズに購入するにはどのようなサポートが必要かを想定しておく必要がある。

また購入後に使い始めるまでのプロセスも晴眼者とは異なるはずだ。箱の形状をどのようにすべきか、箱から取り出してスムーズに靴に装着してもらえるか、左右を間違えず取り付けられるか、アプリをどのような経路でインストールしてもらうのがよいか、実際にプロダクトに触れる場を設けた方がよいのか——そうした一連の流れをユーザーに合わせて設計しなければ、視覚障害者向けの問題解決には至らないだろう。

樹脂の部分を手で触って、線の数で左右を確認できる。

「購入してもらうこと、使ってもらうことのハードルがものすごく高い領域だと思っています。検証を繰り返しながら、顧客の解像度をより上げていくことが課題。ただ、難しいゆえにナレッジを社内に蓄積していけば競争優位性を築くことにもつながる」と千野氏は捉えている。

ユーザーのニーズを取りこぼさない開発

ここまで見てきたように、あしらせには視覚障害者向けのプロダクトだからこそ求められるものが数多くある。それは「こういう機能が欲しい」「ここを改善してほしい」というユーザーからの直接の要望だけではない。目が不自由な人に買ってもらい、使ってもらうまでをスムーズに実現するために備えるべき要件もそうだ。またメーカーとして品質を担保しつつ、適正なコストのもと利益を確保して持続可能なビジネスと開発体制を築くために必要なこともある。

それらを漏れなく確実にプロダクトやサービスに落とし込むため、AshiraseではCTO田中氏の発案により、MBSE(Model Based Systems Engineering)の考え方を開発に取り入れている。MBSEは製品設計前から市場投入後に至る製品ライフサイクル全体のプロジェクトを管理するための概念で、MBD(Model Based Development)と併せ、日本では自動車メーカーが普及を進めているものだ。SysML(MBDで使われる、システムをモデリングするための言語)を用いて要求、要件定義、設計、実装、テストの流れを一元管理する開発の一端が「Ashirase社員Note」で公開されており、ものづくりをする上で参考になるはずだ。

MBDはホンダで働いていた時も、その後転職した会社でも行っていたが、田中氏は「少しやり方が違うのではないかと思っていた」と話す。そこで、過去の経験を生かしつつ、Ashiraseではゼロからモデルを作ったそうだ。

「ユーザーから頂いた声のうちどれを要求として受け取り、それをどういうシステムに落とし込んでいくかを一つ一つ関連付けて管理できるようになっています。だから、『なぜ今こうなっているかが分からない』ような機能は存在しませんし、もしあったら機能自体を消します」(田中氏)

システム要求図の一部。(「Ashirase社員Note」より

「要求に対してきちんとテストができているかを追えるトレーサビリティがないと、技術的負債がどんどん溜まっていってしまう。それを極力避けることが狙い」だと田中氏は話す。「アクセシビリティを軸に据えているので、振動の分かりやすさや、ナビゲーション自体の分かりやすさを突き詰めていくこと」が目下の課題だ。

歩道の地図データに注目 世界展開も視野に

あしらせが集めるデータにも期待がかかる。現状では、自動車の安全走行支援を用途とする車道の地図データは世の中に多くあるが、歩道の地図データはまだ少ない。あしらせが検知した段差や勾配、障害物などのデータがあれば、例えば配送ロボットを実装する上で有用なデータとなる。また、今後さらに高齢化が進む日本において、シニアカー(電動カート)などの小回りが利く新しいモビリティも増えていくと考えられる。あしらせのユーザーがたどった歩道のデータが貢献できる余地は大きいだろう。

会社としての目下の目標は、2024年度内の単月黒字化だ。これは、国内だけでなく海外の市場も視野に入れている。2023年1月に米国ラスベガスで開催された「CES 2023」に出展し、アクセシビリティのカテゴリでイノベーションアワードを受賞した。

「国内のみで達成できる道筋は立てています。ただ、マーケットは海外の方が圧倒的に大きい。もちろん難しい面もあるが、言語を中心としたプロダクトではないので可能性はあると思っています。CESでも当事者団体の方からはポジティブな反応がありました。アメリカ、ヨーロッパを入り口にあしらせを世界へ広げていきたい」と千野氏は展望を語った。

毛管力で水を吸い上げ「色」で水やりのタイミングを知らせる「SUSTEE」ができるまで

※2025年3月末「fabcross」運営終了に伴い、自分が書いた記事をアーカイブとして転載しました。

「水やり3年」という言葉がある。植物を枯らさないよう正しく水をあげられるようになるには少なくとも3年の月日がかかる、それくらい水やりは難しいという意味だ。園芸農家や生花店の人でさえ、見た目だけでは植物の“空腹度”の見極めは難しい。個人が趣味で始めた園芸を諦めてしまう要因となるケースも多い。水やりチェッカー「SUSTEE」を使えば、どんな人でも、3年待たずに適切なタイミングで植物に水をあげられるようになる。飛行機のパイロットを辞めて起業した、キャビノチェ代表取締役 折原龍(おりはら りょう)氏に、SUSTEEの仕組みや製品開発の経緯を伺った。(撮影:加藤タケトシ)

電池不要、土に挿すだけの「水やりチェッカー」

植物を育てたことがある人なら、水やりのタイミングを間違えて根腐れを起こしたり枯らしたりしてしまったことが一度はあるのではないだろうか。そうならないためのツールとして土壌水分計というものがあり、土の中の水分量を表示したり、根が土中の水分を吸う力「pF値」を示したりしてくれる。ただ、いずれの指標にしても、どの値の時に水をあげるべきかを知らなければ、適切に水やりができない。

それに対して、キャビノチェが開発した「SUSTEE(サスティー)」は、植物の近くの土に挿しておくだけで、水やりをするタイミングになったら「色の変化」で示してくれる。インジケーターの色が青い時は水をやらなくて大丈夫。白くなったら水をあげる。たったそれだけのシンプルなツールだ。

このような機能を、どのように実現しているのだろうか。

SUSTEEも、指標としてはpF値を使っている。pF値とは、本来土が毛管力によって水を引きつける力を表す値だ。植物側から見ると、根が土に含まれている水を奪おうとする力ともいえる。土の中に水が十分含まれている時はpF値が0に近くなり、植物が力をあまり使わずとも水を吸うことができる状態を表す。しかし土中の水分が少なくなってくると、pF値は高くなる。これは、植物がより強い吸水力を発揮しなければならない状態であることを意味する。

「pF値が1.7〜2.3の範囲は『有効水分域』と呼ばれていて、植物が植わっている土中の水分がこの有効水分域の状態にあれば、“どの植物も”根腐れしたり水が足りなくて枯れたりすることはありません」と折原氏は話す。

植物がしおれかけてから水をやるのでは遅い

SUSTEEは、土から水を吸い上げる「芯材」と「外装」の大きく2つの部分からなる。芯材は、自然由来の繊維をより合わせた不織布と、インジケーター部分に当たる色の変わるシート、それを保護するストロー状のカバー、3つのパーツで構成される。外装はポリカーボネート製で、土に挿す一番長いパーツと、その先端にあるキャップ、インジケーター部分の透明なパーツ、上部のキャップ、4つのパーツからできている。

外装の下部、土に埋まる部分に穴(吸水口)が開いており、ここから水を吸収する。植物に水をあげると、吸い上げられた水がインジケーター部分にまで達し、そこに巻かれている特殊なインクを使ったシートが水分に反応して色が青く変わる。時間が経ち、土中の水分がなくなってくるとシートの色が白くなり、水やりのタイミングであることを教えてくれる。使い方はとてもシンプルだ。

「SUSTEEの構造は、植物と同じなんです。植物は根から水を吸い、毛細管現象によって水を吸い上げる力(毛管力)を使って茎や葉へ水を行き渡らせ、葉から水を蒸散します。SUSTEEは根の代わりに吸水口から水を吸収して、芯材の毛管力で上部まで水を吸い上げます。そして葉の代わりに上部にある2つの穴(蒸散口)から蒸散します」

ただ、ここで1つ疑問が湧く。「どの植物にも使える」という点だ。植物によって必要な水分量が違ったり、乾きに耐えられる期間が違ったりして、水やりのタイミングも違うのではないだろうか。

「よく言われますが、それは誤解です。生花店の方でもそう思っている人が多いのですが、水をあげるべきタイミングが植物によって違うという認識そのものが“勘違い”なのです」

なぜそのような“勘違い”が生まれるのか。折原氏は、「多くの人は、葉がしおれ始めたら水をあげるものと思っているから」だと話す。その状態は、人間にたとえるとすでに脱水症状が起こった状態で、有効水分域の範囲外に当たる。専門的には「初期しおれ点」と呼ばれ、この状態で水をやり続けると植物にダメージが蓄積されてしまうのだという。

有効水分域とは、人間でいうと少しお腹が減った程度の、空腹でも満腹でもない状態だ。このタイミングで水をあげ続ければ植物にダメージはなく、健康が保たれる。つまり、「空腹でもう耐えられない」という状態になる初期しおれ点は確かに植物によって異なるが、水をあげるのに適切な状態は、pF値が1.7〜2.3の範囲に“どの植物も”収まっており、それが有効水分域と定義されているということなのだ。

デジタルデバイスの構想を捨て、アナログな製品へ舵を切る

SUSTEEの「水やりに適したタイミングを色で示してくれる」という極めてシンプルな機能を実現した裏側には、自然物である植物と同じ構造のものを人工的につくるという極めて難しい開発過程があった。

実は当初、折原氏も従来のようなセンサーを用いた水分計をつくるつもりでいた。スマートフォンアプリと連動させて、水やりが必要な時に通知が来るようなものがあれば便利だろう、そんな考えだった。

キャビノチェ代表取締役 折原龍氏

「でも、リサーチで園芸が好きな人や日常的に植物を育てている人に話を聞くと、『アプリは嫌だ』と。拒絶反応がすごく強かったんです。とにかく『手軽に』『挿したら終わり』くらいのものであれば使いたいという意見がとても多かった」

いわゆるガジェット好きな人やIoTに関心がある人からすると、スマホアプリと連動するのは当然のように行き着くアイデアに思える。でも、園芸を趣味とする60代、70代といった年齢層の人たちにとってはハードルが高いのだ。加えて、電気を使うデジタルデバイスにはデメリットもあった。

「センサーを使うやり方のほうが、すでにモジュールが販売されているので設計はしやすいです。微妙な調整もプログラムでできますし。でも、センサー部分を定期的に拭き取りしないといけないとか、LEDで水やりのタイミングを知らせるものだと直射日光が当たって見えないという弱点もあることが分かってきました。また、電池に水が掛かってショートしたり液漏れしたりする可能性もあります」

そこで折原氏は当初のアイデアをきっぱりと捨てて、現在のSUSTEEに至るアナログな製品へ方向転換した。

水を吸い上げる「芯材」開発に苦心する

そこからの道のりは困難の連続だった。折原氏がある研究機関の人に「こういう機能性のものを作りたいと思っている」と話すと、「変数が多過ぎて何年かかるか分からない」と言われたほどだ。

例えば「土」とひと口に言ってもありとあらゆるタイプの土がある。植物も種類によって一つ一つ特性が異なる。土壌菌と呼ばれる微生物は200万種類以上いて、素材に影響を及ぼす。それら全てに対応する必要はないにしても、計算で答えを出そうとすること自体が難しい。

しかし、どうにかして手がかりをつかもうと、折原氏はまず芯材になりそうな素材をいろいろと集めてみた。たこ糸やガーゼなど綿製品、いろいろな種類の化学繊維、アルパカの毛なども取り寄せた。狙いは、「ちょうどpF値が有効水分域の時にインジケーターの色が白くなるように水を吸い上げる芯材」を探し当てることだ。

また、SUSTEEは繊維の毛細管現象を利用するため、繊維の密度によっても水の吸い上げ方が変わってくる。さらに、土の中には枯草菌など繊維を分解する微生物がいるため防腐処理を施す必要があるが、この防腐処理の度合いによっては適度に水を吸い上げなくなる。また、防腐剤を纏着(てんちゃく)するための結着剤であるバインダーの量によっても結果が変わってしまう。

「素材」とその「密度」「防腐剤の濃度」「バインダーの量」を変数とした無数の組み合わせの中で、どのパターンなら有効水分域で色が変わるようになるのか、かつ枯草菌に分解されずに長持ちするのか。データを取るために、細いチューブ状のABS樹脂を買ってきて中にさまざまな繊維を入れ、土に挿して実験していった。

あらゆる組み合わせのデータを取り、最適な組み合わせを探した。(写真提供:キャビノチェ)

さらに、外装側でも調整が必要なものがあった。土に挿す部分にある吸水口と、インジケーター付近にある水を蒸散させるための2つの穴の面積だ。この面積が大き過ぎたり小さ過ぎたりすると、ちょうど有効水分域の範囲で色が変わらなくなってしまうのだ。

加えて、製品化に当たって芯材にある程度硬さを持たせる必要もあった。製造過程において細長い外装に芯材を差し込む際、柔らかいと上手く入っていかないからだ。試しに洗濯糊を使って固めてみたものの、吸水性が阻害されることが分かり、最終的には芯材を水だけでより合わせることにした。

「複数の変数が複雑にトレードオフの関係になっていて、一つ調整すると上手くいっていたものがダメになる。機能性、耐久性、生産効率のせめぎ合いの中で開発を進めました」と折原氏は振り返る。

気が遠くなるような実験を年単位で繰り返した末に、SUSTEEの機能を実現するための素材と加工方法、構造を導き出した。これらのノウハウは全て特許を取得している(特許番号:5692826)。芯材はその後も改良を重ねており、いま出荷しているものは第6世代に当たる。開発は第9世代まで進んでいるそうだ。

ポリカーボネートによる長物の一体成形

製品化に向けて、高いハードルがもう一つあった。それは、外装の成型だ。外装は素材にポリカーボネートを用いている。ある程度の硬い土にも挿すことができる強度と、暑さや寒さ、紫外線への耐久性を求めての選択だ。しかし、ポリカーボネートは粘性が高いため、SUSTEEのような細長い棒状のもの、しかも芯材が入るように中空にして一体成形することが非常に難しかったのだ。

折原氏が手に持っているのはLサイズのSUSTEE。

折原氏は半年くらいかけて関東中の工場を訪ねて回り、この加工ができるところを探したが、ことごとく「この長さの加工は無理」と断られてしまった。そんな中、たまたま訪れた会社の担当者が植物好きな人で、社長にかけ合ってくれた。

「社長にお会いしたら、『折原くん、ここの工場はどうだった?』と聞かれたので、『この工場はこういう理由で技術的に難しいと言われてしまいました』と経緯を説明しました。同じ質問をいくつかの工場について聞かれ、一つ一つ断られた経緯を答えると、『君は十分回ったね。いいよ、うちでやってあげる』と言われ、加工を引き受けてもらうことができました」

その会社は創業から50年以上にわたり、ボールペンなどのパーツなどを製造してきた実績のある会社だ。そんな会社ですら、金型を見た現場社員が「どうして引き受けたんですか!」と社長に詰め寄るほど一筋縄で行かなかったそうだが、4カ月ほどかけてポリカーボネートの一体成形に成功する。

完成したSUSTEEは、2014年2月に東京で開催された「世界らん展」で初めて販売され、世界にデビューした。

プロダクトデザイナーの中林鉄太郎氏がデザインしたSUSTEEは、世界的なデザインアワードであるレッド・ドット・デザイン賞を2014年に受賞、続いて2015年にはグッドデザイン賞も受賞している。その審査の過程では、美しいデザインとともにポリカーボネートで一体成形した技術が高く評価された。

起業する前は飛行機のパイロットだった

キャビノチェの創業は2013年年7月。それ以前、折原氏は飛行機のパイロットだった。子どもの頃からパイロットに憧れていた──そんなストーリーを想像してしまいそうだが、折原氏の場合はそうではなく、大学を出て就職のタイミングで「サラリーマンではないものになりたい」という思いから、パイロットとして就職した。

しかし、実際になってみると訓練は非常に厳しいもので、管制塔からの英語での指示、複雑で膨大な手順を1つとして間違えられないことの精神的なプレッシャーも大きかった。

「飛行機が心から好きな人っているんですよね。飛行機を見ているだけでも楽しいし、触っているだけでうれしいという。そういう人にとって訓練は苦ではない。僕も飛行機は好きですけど、そこまでではありませんでした。将来、10年、20年とこの仕事を続けられるだろうかと自問した時、もっと自分に向いていること、楽しめることがあるのではないかと考え、別のキャリアを模索しました」

そうしてたどり着いたのが、「プロダクトデザイン」と「植物」という2つのキーワードだった。

「小さい頃からものづくりが好きで、中学生の頃にはぼんやりと『プロダクトデザイナーになりたい』と思っていました。ただ、どうすればなれるのかは分からなかったし、絶対なるぞという心持ちでもなかった」

そうやって自分の生きる意味や将来に思い悩んでいた折原氏は、ストレスから過呼吸になってしまった。その時にかかった医者に、「気晴らしになるような趣味を見つけなさい」と言われたのだそうだ。

「祖父が梨農家で畑を持っていたので、その一角を借りてハーブを育て始めました。もっと小さい頃は大阪に住んでいたのですが、神戸にある布引ハーブ園でシナモンの表皮を拾ったのが、ハーブに興味を持ったきっかけです」

ハーブの栽培は中学生にしては本格的で、多いときは数十種類、自分1人では使い切れないほどのハーブを育てるようになった。しかし、冬の寒さを逃れるためにハーブを畑から鉢に植え替えて室内で育てていた時に、水をやり過ぎて枯らしてしまうことがあった。その時の「どうして枯らしてしまったんだろう」という思いが、SUSTEEという製品へとつながっている。

世界共通の悩みを解消、植物を育てる楽しさを広げる

SUSTEEは、S/M/Lの3種類、カラーバリエーションはグリーンとホワイトの2種類を用意している。また、芯材は防腐処理をしているとはいえ6〜9カ月ほどで色が変わらなくなってしまうため、交換(リフィル)用に、芯材のみの販売もしている。

海外にも展開しており、販売実績のある国/地域は35以上になる。これまで累計300万本以上を販売し、2021年の1年間では約120万本売れた。2014年の発売当初は、Lサイズを1本1500円で販売していたが、数が出るようになった現在は600円ほどにまで価格を下げて提供している。

SUSTEEはプロの栽培農家にも使われているが、中心となるのは個人ユーザーだ。これまで、一般的に園芸を趣味とする年齢層は40代後半以上が中心だといわれてきた。しかしコロナ禍以降、自宅で過ごす時間が長くなったことにより観葉植物への関心が高まっているそうだ。特に若い人たちの間で人気が広がっており、「今までの園芸の世界とは違うところでムーブメントが起き始めている」と折原氏は話す。

開発を始めた頃はデジタルデバイスを志向していたが、「スマホアプリなんか使いたくない」と言われてアナログな製品に方向転換した。

「その時はやはりショックでしたが、同時に『使う人を選ぶ』製品はよくないなとも思いました。子どもから80歳、90歳の方まで、専門的な知識がなくても使える、国を超えて広く愛される製品のほうがいい」

そんな折原氏の思いがSUSTEEという製品になり、世界中で受け入れられている。

下肢障害者のための立って乗る車いす「Qolo」はモビリティが持つ「自由さ」を体現する

※2025年3月末「fabcross」運営終了に伴い、自分が書いた記事をアーカイブとして転載しました。

人はいろいろな理由で車いすを使う。手術後など一時的に使うだけの場合もあるが、事故による脊髄損傷、脳卒中など病気による体のまひ、加齢による筋力の衰えなどで日常的に乗らなければならなくなるケースも少なくはない。車いす中心の生活を送る下肢障害者に「立ち上がって生活する自由」を届けるべく「立って乗る車いす」を開発する筑波大学発スタートアップ、Qolo株式会社の代表取締役 江口洋丞(えぐち ようすけ)氏にインタビューを行った。(撮影:加藤タケトシ)

足が不自由な人が立って車いすに乗るのはなぜか

以前fabcrossで、足でこぐ車いす「COGY(コギー)」を紹介した。その時は「足が不自由な人が乗るはずの車いすを、どうして足でこぐのか」という疑問が出発点だった。今回、立って乗る車いす「Qolo(コロ)」を見て湧いた疑問は、「座っていれば楽なのに、どうして立って乗るのか」だ。

その疑問に対して江口氏は、「足が不自由だからといっても、座りっぱなしでいることはデメリットがものすごく大きいから」だと話す。

Qolo代表取締役 江口洋丞氏。

デメリットの大きなものの1つは、血の巡りが悪くなってしまうことだ。例えば飛行機などの狭い座席で長時間同じ姿勢でいると、たいていは居心地が悪くなって無意識にモゾモゾと体をずらしたりするだろう。しかし下肢がまひしている人は、居心地が悪いという感覚もなければ足を動かす筋肉も使えないため、それができない。すると、うっ血して血液が固まり、血栓や褥瘡(じょくそう=床ずれ)を起こしてしまうことがある。

デメリットの2つ目は、骨が弱くなってしまうこと。骨に応力がかからない状態が長く続くと、どんどんもろくなってしまうのだ。そのため、他の人や機械の力を借りてでも「立った姿勢」になることは、骨に力をかける意味でとても大事なことなのだ。

その他にもさまざまな理由から、足が不自由であっても定期的に立ち上がることが良いとされている。しかし何年も、毎日それを継続するのは簡単なことではなく、骨折や床ずれで入院を繰り返す人が少なくないという。

立ち上がることの健康面/機能面/精神面への好影響

健康を維持する以外にも、「立ち上がること」は身体機能や精神面にも貢献する。

身体機能への貢献とは、例えば立ち上がったほうが視界が広がる、高いところに手が届くなど、活動の自由度を高めるという意味だ。立ったままで無理なく動き回れるようになれば日常生活を送る上で行動範囲も広がるし、就労の機会が増え、できる仕事の幅を広げることにもなる。

精神面への貢献というのは、人としての尊厳を守るということだ。車いすに乗っている人が誰かと立ち話をする際、立っている相手が2人、3人と増えるにつれて、視線の高さが合わず会話に入りにくくなったり見下されているような感覚になったりするという。海外では「ハグできない/しにくい」という機能面の問題がコミュニケーションを阻害することもある。「立ち上がること」が精神面に及ぼす好影響は、けして小さくないのだ。

「筑波大学での研究から生まれた中核技術を用いて、足の不自由な方の健康面、機能面、精神面へ貢献し、ひとりでも多くの人に、望めば立ち上がれて、潜在力を発揮できるようになる世界を目指しています」と江口氏は話す。

「ばね」で立ち上がりを支援する

ここからは、Qoloがどのような仕組みで起立を支援しているのかを見ていこう。

立って乗る車いすを開発したのは、Qoloが初めてというわけではない。有名なところでは、スウェーデンのペルモビールというメーカーの車いすがスタンディング機能を搭載している。ただ、そういうものはモーターで起立をアシストするものが多い。それらは、ALS(筋萎縮性側索硬化症)などのように進行性で全身が動かなくなる病気の患者の使用を想定しているためだ。使う人が自分で体を動かせる部分が少ないため、座る、寝る、立つなどさまざまなバリエーションの姿勢を車いすの側がサポートする必要がある。できることが多いぶん構造が複雑になり、価格も高くなる。

対して、Qoloの起立をアシストする機能には電気を使っておらず、機械的な仕組みで実現しているのが特徴的だ。ちなみに移動(走行)のための動力源は電気で、モーターで走り、手元のスティックで操縦する。

「多くの車いすユーザーは体を動かせる部分が残っています。動かせる部分を使いながら、いかに今までと同じような感覚で立ち上がれるか。私たちはそこに研究の意義を見いだしてやってきました」

Qoloが起立をアシストするのに用いているのは「ばね」である。より正確にいうと、圧縮されたガスの圧力を利用したガススプリングを使っている。自動車のハッチバックドアの開閉部などに使われる部品だ。反発力が強く、1本のガススプリングで100kg程度のものを持ち上げる反発力を持つものもある。

足の間に2本見えるのがガススプリングだ。座った状態の時はスプリングを圧縮した状態でロックする。立ち上がる時は、ロックを外すことでスプリングの伸びようとする力が解放される。すると、膝の部分にある回転軸を中心に膝を伸ばそうとする力が発生する。

それと同時に膝の回転軸まわりに座面が上がって立つ姿勢を支えるように動くので、胴体の傾きでバランスを取りながら立ち上がることができるのだ。シンプルな構造で動作も速い。逆に座る時は、座面に体重をかけながらスプリングを圧縮していく。

200万通りの設計をシミュレーション

出来上がったものを見ると簡単な仕組みのように思える。しかし江口氏は、「どのような力/特性を持つばねを使うか、それをどの位置に取り付けるかの調整が、実は難しい」と話す。さらに、乗る人の体の各部位の長さや重さ、どれくらい胴体を前や後ろに倒せるかによっても調整の仕方は違ってくる。

「いすに座っている人の額を指で押さえると立てなくなる話は有名ですが、まさにその話の通りで、立ち上がるためには最初に胴体を前へ倒す動作が必要です。その動きをきっかけに、お尻で荷重を支えていた状態から、足の裏で荷重を支える状態へシフトします。立ち上がる動作って、すごく複雑で奥が深いんです。この動きを、どうすれば人間らしい振る舞いで立たせられるかの研究に、かなり時間を使いました」

最初は、目指すべき立ち上がり方のモデルをコンピューター上で作った。障害を持っている人は胴体を前後に振れる幅が特に少なく、深く倒すと支え切れなくて倒れてしまうため、無理なく胴体を倒せる角度に収まるような立ち上がり方をモデル化した。

その後は、モデル通りの動きで立ち上がるためにはどのようなアシスト力が必要かを探っていった。ばね定数や反発力など、どのような特性を持ったスプリングを使うとよいのか。スプリングを車いすに取り付ける両端と、膝のところにある回転軸の3点の位置関係をどうすべきか。およそ200万通りの組み合わせをコンピューターでシミュレーションし、評価していったのだという。

スプリングの反発力を適切な支援力に生かす設計を探った。

そうやって最適なパターンは見つかったものの、身長や体重は人によってバラバラだ。そのバリエーションに対応するため、ガススプリングの片方の取り付け位置をスライドして調整できるようにしたのが最新の試作機だ。

モビリティとしての気持ちよさを追求するフェーズへ

今回の取材で見せていただいた試作機は、会社設立後初めて作ったもので、2012年に筑波大学で研究を始めた時から数えると5台目だ。この試作機は、スプリングが伸びて立位になると、連動して後輪が前にスライドして前輪との幅が縮まる仕組みになっている。

座位から立位になると、前輪と後輪の距離が縮まる。

「この機構のおかげで、今までで一番小回りが利く試作機になりました。前までの試作機は車体が前後に長くて小回りが利かず、室内で使い物にならなかったのです。そのぶん安定性は高く、急な坂でも倒れず立って登れるほどでしたが、その必要性と室内での小回りとどちらが大事なのかを考える上で、今回の試作機では小回りのほうに振ってみた形です」

また、前の試作機は旋回するときの回転軸が乗っている人の頭の位置から離れていた。そのため、立位で旋回する時には振り回されるような状態になっていたのだ。そこで今回の試作機では、立っていても座っていても機体の旋回中心と頭の位置をほぼ同じにし、旋回する時は自分を軸に回っていると思えるような操縦体験を目指したのだという。

江口氏は、「それが良いのか悪いのかは、車いすユーザーに試乗してもらって検証しなければ」と慎重ながら、「自分が乗ってみた限りでは、前のモデルよりも相当操縦がしやすくなりました。日常生活で使うことを考えた時にどういう構成が良いのか、モビリティとしての使い勝手や快適さを追求する段階にようやく差し掛かってきた感じです」と評価する。

人はモビリティで自由を手に入れる

江口氏は、子どもの頃から自動車の開発エンジニアになりたいと思っていたそうだ。

「生まれ育ったのは埼玉で、自動車がないとどこにも行けないようなところだったので、バイクとか自動車は自由の象徴でした。手にすることでものすごく大きな力を持てる、みたいな。バイクや自動車を運転する楽しさの正体は何なのだろうと思いながら、それを再生産できるようなエンジニアになりたいと思ったんです」

中学卒業後は、高専の機械工学科へ進学。高専時代は、1Lのガソリンで自動車をどれだけ走らせられるかを競うエコランの部を立ち上げて活動したり、卒業研究では自動走行するロボットを作ったりもした。自動走行の研究は面白かったが、「モビリティから感じる自由や楽しさ」とは少し違う方向性だとも感じていた。

「人の身体能力を拡張し、自由で楽しい気持ちにさせるモビリティにはどのような要素が備わっているべきなのか」という疑問への答えは見つからないまま高専を卒業し、2011年に筑波大学へ3年生として編入する。

Qoloの研究を始めたのは、大学4年で配属された人工知能研究室でのことだった。江口氏は当初モビリティについて研究したいと考えていたが、研究室の鈴木健嗣教授から「気持ちよく動き回るモビリティ自体の研究は他でも多くされている。でも、そのもっと手前、人間が移動しようとする時にまず立ち上がる、そういう根源的なところから研究している人はあまりいない」という話をされたそうだ。

「ちょうどその頃、祖母が転んで骨折し、歩きづらくなってしまったんです。習い事もできなくなりましたし、家事を完璧にする人だったのですがそれもできなくなってしまった。その様子を見て、立ち上がれることは思っている以上に大きな意味があるのだと感じました」

そこから、立ち上がる動作をアシストする仕組みを卒業研究のテーマにして、現在のQoloの原型となるパーソナルモビリティの開発に取り組んでいった。

最初に作った試作機は、2014年に国際デザインコンテスト「ジェームズダイソンアワード2014」の国際選考で準優勝に輝いている。この時は、普通のいすに座った状態からの立ち上がりを支援し、立位でのみ移動できる座面がついていないパーソナルモビリティだった。

夢だった自動車エンジニアになるも期せずして再び研究の道へ

修士課程を修了した江口氏は、自動車メーカーにエンジニアとして就職した。立って乗る車いすの研究は区切りを付け、夢だった自動車エンジニアの道へ踏み出したのだ。

しかし3年経とうとした頃に転機が訪れる。修士課程の時に提出し、その後リバイスを続けていた論文が学術誌に受理されたのだ。これにより、筑波大学が社会人向けに設けている博士課程「早期修了プログラム」の審査要件が満たされた。このプログラムは、通常3年の博士課程を会社に勤めながら1年で修了できるもので、論文が受理されたのはこのプログラムのエントリー締め切り2週間前のことだった。

不意に訪れた事態。江口氏は「Qoloはやり残した部分がある。1年で成果としてまとめて、悔いのない形で研究を終わりにしよう」と考え、早期修了プログラムに飛び込んだ。

「自動車会社での仕事も楽しく、充実していました。でも大学で再びQoloに携わるようになると、自動車の開発とは違う楽しみがありました。また、実験に協力してくださる車いすユーザーの方たちとコミュニケーションを取っていく中で、『Qoloを本当に必要としてくれているんだ』と感じ、背中を押されているような気持ちも湧いていました」

そうして会社と大学、二足のわらじで1年間を過ごし博士号を取得した江口氏は、2019年春に会社を退職。筑波大学の研究員となった。

またその頃、トヨタ・モビリティ基金がイギリスのNPOであるNestaと実施するコンテスト「トヨタ・モビリティ・アンリミテッド・チャレンジ」に、筑波大学チームQoloとしてエントリーしていた。下肢まひ者の移動の自由に貢献する革新的な補装具の実現に向けたコンテストだ。世界中からエントリーがあった中、チームQoloは最終候補5チームの1つに選ばれ、製品化に向けた試作機の開発費用を勝ち取った。

トヨタ・モビリティ・アンリミテッド・チャレンジにエントリーした3代目の試作機。

レンタルでの提供を想定、2026年にはアメリカでの展開も視野

「その後2年間は試作機をひたすら作りました。コロナ禍で大変な時期もありましたが、実験に協力してくださる被験者の方の裾野も広がりました。ここで自分が止めてしまうと終わりになってしまいますし、もう少し頑張ったら良いものになるんじゃないかというチームの空気もあって、2021年4月にQolo株式会社を設立しました」

江口氏が代表取締役を務め、現在は取締役2名、社外取締役1名という組織構成で、さらに医学、工学、事業開発の各専門家を社外のアドバイザーに迎えている。ほかアルバイト2名と、エンジニアリング系の試作や工業デザインなどの部分は業務委託でパートナーとともに開発を続けている。

2021年8月には、DEFTA Partnersと提携して6000万円の資金調達を実施したほか、広沢技術振興財団や厚生労働省などからの助成を受けている。また2022年9月には、日本貿易振興機構(JETRO)のスタートアップ企業海外進出支援プログラム「SCAP(Startup City Acceleration Program)」の参加企業として採択され、海外展開に向けた準備を進めている。

ビジネスとしては、初期製品は販売ではなくレンタルでの提供を考えている。最初は個人ユーザー向けではなく、医療機関や障害者を雇用する企業などを対象に想定しており、2023年後半のサービスインを目標としているそうだ。また、2026年度にはアメリカでの提供開始をマイルストーンに置き、さらなる改良を重ねていく予定だ。

初めは自動車やバイクからモビリティの「自由に動き回れる楽しさ」を感じて研究開発の道を歩き始めた江口氏。これからは、足の不自由な人たちのために「立ち上がって生活する自由を」という会社のビジョン実現を追い求めていく。

筑波大学キャンパス内の産学リエゾン共同研究センター棟の一室がQoloのオフィス。緑豊かなキャンパスを試走することもあるそうだ。

モビリティ、工場、医療、海洋など幅広いシーンで活用が広がる「ワイヤレス給電」の現在と未来

※2025年3月末「fabcross」運営終了に伴い、自分が書いた記事をアーカイブとして転載しました。

遠出する際にはかばんにPC用、スマートフォン用、カメラ用それぞれの充電アダプタとケーブルを入れて出かける。そしてその度に、私たちの暮らしが電気に強く依存していることを再認識する。しかし近年、無線で電気を供給する「ワイヤレス給電」がさまざまな場面で用いられるようになった。ケーブルなしで充電できるスマートフォンが増え、ワイヤレス給電が身近になった人も多いのではないだろうか。

このワイヤレス給電に40年近く前から取り組んでいるビー・アンド・プラスの亀田篤志社長に、ワイヤレス給電を実現する仕組みや、私たちの暮らしや社会をどのように変え、価値をもたらすのかを聞いた。(撮影:加藤タケトシ)

ワイヤレス給電は私たちの暮らしをどう変える?

ビー・アンド・プラスは、埼玉県比企郡小川町に本社を置く従業員数90名ほどの会社だ。今回の取材では、大宮にある同社のWPT(Wireless Power Technology)応用技術センターを訪ねた。通された部屋の壁際にはさまざまなワイヤレス給電の製品や試作品が並べられており、さながらワイヤレス給電のショールームだ。

この記事の一番上にある写真、テーブルの上にあるグラスや円錐型のライトなどが光っているのが分かるだろうか。実はこのテーブルの天板部分には送電のためのコイルが仕込まれていて、テーブルに載せたものへワイヤレスで給電しているのだ。

他にも、ビー・アンド・プラスのYouTubeでは家庭でのワイヤレス給電のさまざまな活用例を紹介している。


「ちょっと未来のワイヤレス給電のある生活」を提案


心つながるワイヤレス(魔法のステッキ篇)

モビリティ領域への活用が広がる

現在、ビー・アンド・プラスは「ワイヤレス給電で世界一」という目標を掲げている。ワイヤレス給電をどうやって社会に生かすかを独自に企画するほか、幅広い業界の企業/団体から寄せられる「ワイヤレス給電でこんなことができないか?」といった引き合いに対して技術/製品開発で応えており、それら数々の導入事例は、同社のWebサイトで公開されている。

中でもいま実用化が進んでいるのが、電動アシスト自転車や電動キックボードなどのモビリティの領域だ。これらのモビリティは個人所有も広がっているが、シェアサービスとしても世界中で導入が進んでいる。自転車やキックボードを駐車してあるポートが街中に数多く設置され、好きなポートで借りて行き先に近いポートへ返却できる手軽さが人気で注目されているサービスだ。

ただ、シェアサービスの電動モビリティは、常に使えるようにバッテリーに充電しておかなければならない。そのため従来は、バッテリーの交換業者が車でポートを巡回してバッテリーを交換したり、自転車やキックボードを回収してまとめて充電した後ポートに再配置したりする手間とコストが生じていた。

ビー・アンド・プラスが開発した電動モビリティ向けのワイヤレス給電システムでは、自転車やキックボードをポートの所定のラックに置くだけで、備え付けられた送電部から乗り物側の受電部へワイヤレスでの充電が可能になる。屋外にあるポートは雨で濡れることもあるが、ビー・アンド・プラスのシステムは非接触なので漏電などの心配もない。

さらに、太陽光パネルと蓄電池をポートに併設することで、電源に自然エネルギーを活用する方法を採用するケースも増えてきている。バッテリー回収/交換が不要になることと合わせて、CO2削減にも貢献する取り組みだ。

こうしたことが可能になれば、電気自動車(EV)の充電にもワイヤレス給電を適用することも考えられる。すでに車庫や駐車場の地面にコイルを埋め込んで、ワイヤレスで充電を可能にするシステムの開発を進めている企業もある。

研究分野では、大学と企業が連携して走行中ワイヤレス充電の研究/実証実験を進めているケースも見受けられる。道路に送電設備を埋め込んで、走りながらどこでも給電できるようにしようという構想だ。

ただ、「特区」的に地域を限定して走行中ワイヤレス充電のための設備を敷設することは可能かもしれないが、そのための工事にかかるコストは膨大で環境負荷も大きい。企業が投資の一環として未来都市のようなものをつくるのは自由でも、国費を使って行うことについて亀田氏は否定的だ。

「1人1台クルマを持つ世界を実現しようとするよりも、シェアリングサービスの活用をもっと広げたほうがいい。ちょっとした移動はキックボードや自転車を使い、もう少し遠出する場合はシェアサービスのEVを使う。観光スポットなど要所に充電設備を置いておけば、今よりも少ない電池容量で十分だと思います。そうするとEVの電池が小型化できて、充電時間も短くなる」と、亀田氏はシェアリングサービスの可能性を評価している。

水中や人体内部のデバイスへの給電も可能に

ワイヤレス給電の強みが発揮されるのは、給電のための接点を作るのが難しい場所にある機器に電気を伝送する場合だ。

その代表的なケースに、水中での給電がある。従来は、海中や海底にある設備の蓄電池に充電しようとすると非常に高価なケーブルが必要になり、またそれを海中で接続する工事はかなり大掛かりなものにならざるを得なかった。

2020年、海洋研究開発機構(JAMSTEC)が行う次世代海洋資源調査技術開発プロジェクトにおいてビー・アンド・プラスのワイヤレス給電技術が採用された。このプロジェクトは日本の海底に眠る新たな鉱物資源の調査のための技術開発を目指すもので、資源探査のための海中ロボットや環境影響評価のための装置の開発/実証を進めている。

「これらロボットや装置にはバッテリーを搭載していますが、水中で物理的な接点を作って充電することは難しい。そこで、送電するための電池を積んだドローンを海底1600mまで降ろしてワイヤレスで給電を行い、情報をやり取りして海上へ戻って来させる実証実験を行いました」

水中へのワイヤレス給電のサンプル。水槽上部のコイルに通電すると、水中にある金魚のおもちゃにワイヤレスで電気を送る。

接点を作ることが難しい場所は他にもある。人の体内だ。

がんの治療法の1つに「光免疫療法」という、光でがん細胞を破壊する治療法がある。がん細胞のみに付着する、光に反応する薬剤を投与した後、その薬剤に光(近赤外線)を照射することで、薬剤が光に反応してがん細胞だけを破壊するものだ。アメリカの国立衛生研究所(NIH)の主任研究員として活動し、2022年4月に関西医科大学光免疫医学研究所の所長に就任した小林久隆氏が開発した治療法で、2020年9月に世界で初めて日本で承認され、2021年1月には保険適用対象となっている。

この光免疫療法において、光の照射方法の1つとしてビー・アンド・プラスのワイヤレス給電を用いた実験が北海道大学と共同で行われたという。


体内に入れるため、いかに小さくするかが課題だった。

これ以外にも、体内に埋め込む医療機器はさまざまなものがあるが、従来は電池を使うタイプのものは定期的な電池交換が必要で、その度にリスクがあった。そのような医療機器にも、ワイヤレス給電なら体を傷つけることなく充電できるようになる。

「医療分野でのワイヤレス給電の活用には、特に大きな関心を持っています。私たちの技術で人が健康になる可能性を少しでも高めることや、医療の進歩に貢献することはとても意義深い」と、亀田氏は医療分野への取り組みに意欲的だ。

ワイヤレス給電はどのような仕組みで実現しているのか

こうしたワイヤレス給電は、どのような仕組みで実現しているのか、簡単におさらいしておこう。

「ワイヤレス給電には大きく分けて3つの方式があります。電磁誘導方式、電界結合方式、マイクロ波方式の3つです」

小学校の理科の時間に、電磁石を作る実験をした記憶があるのではないだろうか。エナメル線をぐるぐる巻いてコイルを作り、そこに釘などの鉄心を入れて電流を流すと磁石になる実験だ。あれは、コイルに電流を流すとその周囲に磁界が発生する「右ねじの法則」を利用したものだ。

電磁誘導方式のワイヤレス給電も、この原理を使う。コイルAに電流を流して発生した磁界をもう1つの別のコイルBが通過すると、コイルAの周りに発生した磁界を受けてコイルBに誘導電流が流れる。このとき、コイルBはコイルAに接触することはない。こうして電気を伝送するのが、電磁誘導方式だ。スマートフォンのワイヤレス充電で使われているQi(チー)という規格もこの方式だ。

送電コイルに電流を流すと磁界が発生。その磁界を受電側コイルが受けて誘導電流が流れる。基本的にコイルが大きいほど電力は大きく遠くまで飛ばせる。

電界結合方式は、コンデンサーと同じ原理を使う方式だ。絶縁層(空気)を挟んだ送電側と受電側の電極に高周波の電流を流し、電極同士が近づいた際に電界を介して電力を伝送する。

マイクロ波方式は、電波受電方式とも呼ばれる。電流を電磁波に変換して電力を伝送し、受電側で電磁波から微弱な電力をうまく受け取って使う方式だ。距離が離れていても伝送できるのが特徴だが、取れる電力がmW単位と非常に小さい。伝送効率やアンテナの大きさなどに課題がありまだ実用的ではないが、近年研究が進んでいる分野だ。

「現在、この3つの中では電磁誘導方式が主流です。当社では電磁誘導も電界結合もマイクロ波も全部やっています。大学で複数の研究室がそれぞれ別の方式を研究しているところはありますが、1つの企業で全部の方式にトライしているのは、日本では恐らく当社だけでしょう」と亀田氏は自負を覗かせる。

当初は工業用途向けにワイヤレス給電の開発を始めた

「当社の創業は1980年で、1984年にワイヤレス給電をスタートしましたから、もう40年近くやっています」と亀田氏は話す。

ビー・アンド・プラスはドイツのセンサーメーカーBALLUFFとの共同出資により「日本バルーフ」として創業。近年まで「ファクトリーオートメーションのセンサー会社」という打ち出しだった。

今も昔も、工場は電子機器の発展による自動化/省人化を目指す世界だ。工場の自動化が進むと、同時に機械とセンサーをつなぐコネクターの箇所が増える。コネクターは抜き差しを何万回と繰り返すうちにピンが折れたり、電気的接点に酸化皮膜ができて通電しにくくなったりして、接点でのトラブルが増えてくる。

実際に顧客から「接触式のコネクターだとトラブルが多いので非接触のコネクターのようなものできないか?」という要望を受け、電磁誘導を用いた近接センサーを開発していたことから、同じ電磁誘導の原理を用いるワイヤレス給電の開発をスタートしたのだった。

「特に自動車の工場では、ラインに水や油があるため、むき出しの電極に水や油がかかったり、そこに埃が付着して詰まったりすることが多い。だから、近づけるだけでよいワイヤレス給電は、自動車メーカーさんでは昔からよく使っていただいています」

物理的な接点があることで生じるトラブルにかかるコストと、作業改善、品質の安定、省人化などのメリットを勘案すると、無接点で、近づけるだけで電気を送れるワイヤレス給電のニーズは製造業の現場において非常に高い。

取り組み始めた頃のワイヤレス給電は、センサー1個を動かすためだけの電気を送れれば十分だったため、1Wにも満たない非常に小電力で、センサーからの信号も同時に送っていた。しかし導入が進むと、顧客から「もっと大きい電力が欲しい」「こういう機能が欲しい」という要望が出てきて、それらに対応するうちに送る電力も増大し、ワイヤレス給電の製品の幅も広がっていった。最近では工場内を動き回る無人搬送車(AGV)の導入が増えるのに伴って、AGVへのワイヤレス充電に関する引き合いも多いそうだ。


電気は目に見えないが、AGVなど機械の動きにセリフを付けることで、どこでどのようにワイヤレス給電が行われているのかを分かりやすく説明している。

リーンスタートアップで着実に前へ進める

亀田氏は、北海道大学大学院量子集積エレクトロニクス研究センターで修士課程を修めた後、デンソーへ就職する。2年勤務した後、トヨタ自動車へ出向。そこで2年経った頃、転機を迎えた。

もともと起業志向があった亀田氏だが、ワイヤレス給電自体が「世の中でできなかったことを実現する技術」であり、すでに築かれた土台の上で世界を変えていくことも大きな挑戦だと考え、2007年に父親が創業したビー・アンド・プラスへ入社する。2015年には代表取締役社長に就任した。その頃、ワイヤレス給電は工業用の分野でじわじわ広がっていたが、社長に就任を機に工業以外の分野も含めて広くワイヤレス給電で世界一を打ち出した形だ。

「当社はいま、『リーンスタートアップ』に力を注いでいます」と亀田氏は話す。

リーンスタートアップはソフトウェアやWebサービスなどの開発ではよく使われる手法で、必要最小限の機能に抑えた試作品(MVP=Minimum Viable Product)の開発を短期間で繰り返しながら、よりよいプロダクトを探るものだ。

ビー・アンド・プラスでは、それをハードウェアの開発に取り入れている。ワイヤレス給電のような新しい技術は試行錯誤を積み重ねて構築するものであるためだ。

「ワイヤレス給電は、『理想』と『現実的にすぐできる解』が違うことが多いんです。例えば、お客さんの要望を全て満たすと想定したサイズに収まらないこともよくあります。理想と現実の間の溝を埋めつつ、良い着地点にしていくのが難しいところです。お客さんの要望をそのままは実現できなくても、求めるものに近いメリット、付加価値をどうやって入れるかがポイントです」

このやり方を2015年から続け、累計で300社近く、500件以上の案件を進めてきた。先に紹介した、電動モビリティ向けや海底でのワイヤレス給電などの事例もこの中に含まれる。

「当社は開発やあらゆるレスポンスが、他のメーカーさんよりも早い自信があります。何かを開発検討しようとなったら普通は簡単なものでも数カ月見積もるところを、うちは数週間、早いものでは1〜2週間でやります」

そうすると目に見える進捗が生まれるため、顧客側の担当者も依頼しやすいのだそうだ。

「技術的には、これまでたくさんの製品を開発しているため試作に流用できる開発資源が数多くあること、それから技術者が経験豊富なため対応力が高いことがあると思います。また、組織がコンパクトなので、何かあればすぐ相談してその場で判断できるのも大きいでしょう。仕事って溜めるとどんどん詰まるので、さっさと手放していくほうがよいとみんなが知っている」と、亀田氏はその開発スピードの理由を説明した。


リーンスタートアップの取り組みについて、顧客の声を交えて詳しく紹介している。

工業分野“以外”へワイヤレス給電を広げるために

ビー・アンド・プラスでは、YouTubeでの情報発信も熱心に行っている。一番古いものは2011年にアップされた動画だが、「ワイヤレス給電で世界一」を打ち出した2015年以降は更新が活発化。特にここ1年の動画は、楽しみながらワイヤレス給電について理解を深められる動画が増えてきた。

「以前は技術そのものに関する発信が多かったんです。でもそれは工業向けには通じても、それ以上には広がらない。世界一になろう、工業以外にもワイヤレス給電を広げていこうとしたら、発信の仕方を変えなければと考えました」と亀田氏は話す。

工業以外の人、技術に詳しくない人でも、ワイヤレス給電によって何ができるようになり、何が良くなるのかをイメージしやすい発信にしよう──そう考えて作られた動画の一部が、冒頭で紹介した家庭でのワイヤレス給電を提案する動画だ。

以前は、工業以外の業界の引き合いは断っていたそうだ。しかし、「ワイヤレス給電で世界一」を目指す方針を打ち出してからは、全てのワイヤレス給電に対応することに決めた。対象を広げて新しいテーマで事例を発信していくと、そのテーマの引き合いが増える。それに対応していくと、ビー・アンド・プラスとしてできることが広がっていく。技術開発と発信の両輪が、好循環を生んでいる。

「大学の先生や大企業は壮大な未来のビジョンを掲げますが、私は『未来はみんながつくっていくもの』だと考えています。だから当社は、いろいろなワイヤレス給電に取り組んで、とにかくものを作って、価値を体験してもらって、より良い未来をみんなに共有していくことを大事にしていきたい」と亀田氏は話す。

ワイヤレス給電によって、不便だったものが便利になる、できなかったことができるようになる、世の中に無かったものが新しく生まれる。世界を大きく変え得る技術への注目はますます高まっていくだろう。もしかしたら、あなたのアイデアが未来を形作る1ピースになるかもしれない。


手作り感あふれる動画が魅力。

子どもたちが試行錯誤を楽しみながら新しいモノやコトを創造する力を育む——組み立て知育玩具「TEGUMII」に込めた思い

※2025年3月末「fabcross」運営終了に伴い、自分が書いた記事をアーカイブとして転載しました。

「TEGUMII(テグミー)」というおもちゃをご存じだろうか。「組み立て玩具」といわれる種類のもので、国産MDF(中質繊維板)を使用したブロックのようなおもちゃだ。

クラウドファンディングサイトのCAMPFIREで2022年1月15日にプロジェクトを開始し、最初の1時間で目標金額30万円を達成。2月28日までの1カ月半で、最終的に約215万円もの資金を集めた。

「創る人を育む」という触れ込みで登場したこのTEGUMIIを開発するのは、2021年8月の設立当時名古屋大学の学生だった2人が立ち上げたエドギフトという会社だ。同社の共同代表取締役である越川光氏と村松美穂氏の2人に、起業に至った経緯やTEGUMIIを開発した狙いについて聞いた。(撮影:加藤タケトシ)

シンプルで奥深いTEGUMIIの根底にある思想

TEGUMIIのパーツは正方形、長方形、円形という基本的な形のパーツが5種類。薄くて硬い国産MDFから作られた板状のパーツには複数の溝が入っており、溝同士を直交させて差し込むことでパーツをつなぎ、いろいろな形のものを作って遊べる組み立て玩具だ。

恐竜、乗り物、家など、創意工夫でいろいろな形を作り出せる。

単純に遊んで楽しいだけのおもちゃだったら、クラウドファンディングで200万円以上にも及ぶ大きな支援を集めるには至らなかったかもしれない。

TEGUMIIのWebサイトを訪れると最初に目に飛び込んでくる「創る人を育む」という言葉は、エドギフトが掲げているミッションでもある。彼らの定義で「創る人」とは、「自ら考えて新しいモノやコトを生み出す人」のことだ。

失敗と成功を繰り返し、試行錯誤をした先に「新しいモノやコト」が生まれる。その度重なる試行錯誤の経験が、さらなる挑戦への意欲につながるはず。そのような考えが、TEGUMIIの根底にある。

「私たち2人とも、子どもの頃はその場にある限られたものでいかに楽しく遊ぶかを『試行錯誤』してきた経験があります。その辺で拾ってきた木の実や葉っぱを使ってネックレスを作ってみたり、牛乳パックでおもちゃを作ったり。そういう原体験があったからこそ、今私たちがいろいろなことに挑戦できていると思っているんです」と村松氏は話す。

エドギフト代表取締役 村松美穂氏

それと同じように、正解のないところに「試行錯誤」を重ねて何かを作る、成し遂げるということを、TEGUMIIで遊ぶことによって子どもたちに楽しみながら体験してもらいたい、そんな思いがTEGUMIIには込められているのだ。

ものづくりへの情熱と教育に対する強い思いから生まれたエドギフト

2人が共同代表としてエドギフトを設立したのは、2021年8月30日のこと。当時越川氏は名古屋大学経済学部に籍を置き、教育に関心があったことから名古屋の教育団体に所属して、教育イベントの企画・運営などの活動をしていた。

一方の村松氏は、同じく名古屋大学大学院工学研究科の修士課程で材料の研究をしていた。子どもの頃からものづくりが好きで、常に手を動かして何かを作っていたという村松氏は、宇宙への興味が強く、サークル活動でロケットの開発などをしながら子ども向けにロケット教室を開いていた。

2人が出会ったのは、越川氏が所属していた教育団体のイベントに村松氏が講師として呼ばれたときのこと。事前の打ち合わせで話したときから意気投合し、それぞれに「2人で何か面白いことができるんじゃないか」という予感があった。

「自分はずっと教育に関心を持ち続けて、教育に対する強い思いを持っていた。それと、村松が持つものづくりへの情熱がぴったり合わさった」と越川氏は話す。

エドギフト代表取締役 越川光氏

しかし意気投合したとはいえ、いきなり「一緒に起業しよう」とはならないのが普通だろう。具体的に起業へ向けて動き始めるきかっけとなったのは、村松氏が越川氏の行動力を目の当たりにしたことだった。

「もともと私は、ロケット教室を別の会社と一緒にやっていたのですが、事情によりその会社でのイベントができなくなってしまいました。ちょうどそのタイミングで越川と出会い、その話をしたところ、『ロケット教室をもう一度やろう。俺が一緒にやってくれる会社を探してくる』と言ってくれて。その3日後には、本当に一緒にやってくれる会社を見つけてきてくれたんです。『こいつすごい奴だな!』と驚き、一緒に仕事をしようと思いました」と村松氏は振り返る。

そのロケット教室を運営していく中で、いろいろな壁にぶつかった。例えば、受講者から参加費をもらう形にしていたが、ロケットを作るための材料費は安くはなく、参加費の額をどう設定すべきかといったお金の問題もその一つだ。

「自分たちの思いや教育を持続的に届けていくためには、ボランティアでは難しい。事業としてやっていくのが理想だと思うようになったことが、会社設立の契機です。だから起業当初はTEGUMIIを開発しようとは考えてはおらず、それまでやっていたロケット教室に近い、子ども向けのものづくりワークショップなど、ものづくりを絡めた教育イベントをメインの事業にしていました」(越川氏)

思いを載せて子どもたちに届ける「メディア」としてのプロダクトを

そうやってイベント事業を軸に立ち上がったエドギフトが、なぜ玩具を開発することになったのか。その経緯を、村松氏はこう話す。

「イベントも、子どもとじかに接する機会という意味では大事。でも、私たちの思いをもっと多くの人に届けるために、私たちが子どもたちに直接会わなくても届けられるようにしていきたいね、という話を越川としていました。じゃあどうすればそれを実現できるか。考えるうちに、全ての子どもが必ず一度は手に取るおもちゃでなら思いを伝えられるのではないかという発想に至りました」

単に遊んで楽しいおもちゃではなく、2人の思いを乗せて届けることができ、かつ教育的に意味のある知育玩具を作ろう──ここからTEGUMIIの開発が始まった。

できるだけシンプルなパーツ構成にするための試行錯誤

板を溝に差し込むタイプの組み立て玩具を作ることは、そこまでの過程でほぼ決めていたのだという。理由は、TEGUMIIの素材である国産MDFをワークショップで使っており、「これを使ってもっと発展的に遊べそうだ」という感触を得ていたからだ。むしろ悩んだのは、どのような形やサイズのパーツをそろえるかだった。

「いろいろな組み立て方ができる自由度の高いおもちゃにしたい思いがあった一方で、大人の意図をなるべく介在させず、子どもたちの試行錯誤を邪魔しないパーツのラインアップにしたい思いもありました」と村松氏は話す。

最初は20種類近い形のパーツを用意してみた。その後、クラウドファンディングを実施するまでの3カ月ほどの間に、形が違っても果たす役割が同じパーツはどちらか一つにするなどして7種類にまで絞り込んだ。現在は、さらに削ぎ落として5種類に落ち着いた。

5種類のパーツと人型。クラウドファンディング時は正三角形1種類と円形がもう1種類あったが、代用可能なものに絞り込んだ。

「この5種類さえあれば、思い描くほとんどの形を生み出せると思っています。逆に、これ以上パーツの種類を増やしても、表現できる形は増えていかない」と越川氏は話す。

パーツの形は1種類ずつ意匠権も申請しており、20×40mmの一番小さなパーツ2種類についてはすぐに意匠権を取得することができた。

こうした試行錯誤を経て厳選されたパーツのラインアップのおかげで、組み立て方や組み立てる順序によってイメージ通りに組み立てられないことがある。「パーツを差し込んでみてうまくいかなかったら、一度取り外して別の順序やパーツの組み合わせを試してみる。それを繰り返すことで、プログラミング思考が育まれると考えています」と越川氏は話す。

子どもだけでなく大人も熱中するTEGUMIIの魅力

もともとイベントを主軸に起業したエドギフトは、ユーザーの反応をじかに見られるのが強みでもある。子どもたちにTEGUMIIを渡して遊んでもらうと、その遊び方でタイプが分かってくるのだという。

「見本通りに作りたい子と、自分の思ったとおりに作りたい子で大きく分かれますね。それと、溝と溝をかみ合わせることが直感的に分かって、きちんと差し込めているかチェックしながら組み立てる子もいれば、溝じゃないところに差し込んで好きなようにどんどん組み立てる子もいます」(越川氏)

TEGUMIIで遊ぶ子の親からよく言われるのが、「うちの子がこんなに熱中しているのを見たことがない」「シンプルだけど奥深い」という言葉だそうだ。「奥深さがあるからこそ熱中する──私たちもそれを狙って作っているので、とてもうれしいです」と村松氏は話す。

以前、親子でTEGUMIIを使って遊ぶイベントを実施したときに、普段は自動車メーカーでクルマの設計をしている父親が熱中するあまり、「これ貸しなさい」と我が子のパーツを奪おうとする場面があったそうだ。ものづくりを仕事にしているエンジニアを熱中させるほど、TEGUMIIが魅力的ということなのだろう。

「大学時代、教育事業やイベント活動を通じて、子ども自身が判断する選択肢を持てること、自己決定感を持つことが、熱中するために必要な要素だと学びました。TEGUMIIは、『この作品を作りなさい』というものがなく、何を作るか、どうやって組み立てるのかも自分で決めていくもの。それが熱中してもらえるポイントなのかなと思っています」(越川氏)

手応えを確かめながらTEGUMIIを教育プログラムに組み込んでいく

現状では、TEGUMIIの生産はクラウドファンディングで得た資金で購入したレーザーカッターを用いて社内で行っている。販売チャネルはTEGUMIIのWebサイトでのECが基本で、155ピースを1セットにしたものを販売している。

155ピースセットを購入すると、布袋に入って届く。平面の板だからきれいにそろえてしまえばかさばらず、軽いため持ち運びにも便利だ。出かけた先などで、子どもにおとなしく集中しておいてほしいときにTEGUMIIを取り出して遊ばせている親も多いそうだ。

2022年9月12日には、プラスチック製のTEGUMIIの新商品発表をした。赤、青、黄、白色のパーツがあり、表現の幅も広がる。将来的には、年齢などに応じてパーツの組み合わせを変えたセットを作ったり、販売店やECプラットフォームへと販売チャネルを広げたりしていきたいという。

「まずは自分たちと近いところで購入していただいて、フィードバックやデータを集めながらTEGUMIIというプロダクトを研ぎ澄ませていくことを優先しています」と越川氏は話す。

そのために、TwitterやInstagramに「#テグミー」のハッシュタグを付けて作品の写真や動画を投稿してもらうよう呼びかけ、その投稿にコメントするなどの取り組みを行っている。

ユーザーがどのように遊んでいるかを知ってプロダクトの改良に役立てるとともに、ユーザー同士のつながりを促す取り組み。

「さらに、お客さまに個別にお願いして、より深くヒアリングさせていただくこともあります。何より大事なのはお客さまがどう思っているかだと思うので、こうした取り組みは大事にしていきたいですし、これをせずにTEGUMIIの発展はないと思っています。まずは、TEGUMIIを本当に好きで遊んでくれるファンを増やしていきたい」と村松氏は話す。

現状では、TEGUMIIというプロダクトが目立っている形だが、2人はプロダクトが売れることそのものには、実はあまりこだわっていない。なぜなら、このTEGUMIIを用いた教育プログラムを確立させていくことに重きを置いているからだ。

「TEGUMIIというハードがある程度煮詰まってきたら、どのような教育プログラムにしていくのかというソフト面の開発に力を入れる考えです。デジタル技術などを掛け合わせながら、『子どもたちが試行錯誤を楽しむ』というところにとことんこだわった教育プログラムを作り上げていきたい」と、越川氏は将来の展望を語った。