「Graphic Means: A History of Graphic Design Production」という映画の上映会があり、行ってきた。
1950年代の、活字を一文字ずつ箱に詰めて版を組んで印刷していたころから、90年代にDTPが登場して、製版前のすべてがコンピューターで扱える「情報」になった時代までのデザイン・印刷テクノロジーの変遷をたどるドキュメンタリー。
自分は大学を出たあとは就職せず、某印刷会社の中でアルバイトをしていた。映画には、その頃自分がやっていたような作業の様子や、使っていた仕事道具たち──ペーパーセメント、それを薄めたり剥がしたりするソルベント(溶解液)のディスペンサー、雲形定規、ロットリングのペンなどが出てきて、懐しくいろいろ思い出した。
印刷会社でバイトしてたのは1997年。自分が主にやっていたのは雑誌の版下作成だった。写植オペレーターさんが写植を打ってくれた印画紙をブロックごとにカッターで切り、割付(出版社からのレイアウト指示)の通りに台紙に貼り付けていく仕事。
(自分の記憶と空間把握のセンスが確かなら)バスケのコートを3つ4つ取れるくらいのかなり大きなフロアに、写植オペレーターさん、エアブラシ屋さん、キリヌキ屋さん、そして版下屋さんがいた。
ある時、何かの話の流れで社員さんに自分が大卒だということを話したことがあって、「なんでこんな所にいるの?」と笑われた。そういう職場。でもみんなで作業着を着て、黙々と「図工」の時間みたいな作業をするところが、いかにも"モノ"をつくってる工場という感じがして好きだった。
そんな印刷会社のバイトも、1年足らずで辞めた。最後の日、フロア内を挨拶して回った時、前に大卒の自分を笑った社員さんは「二度と来るなよ、こんな所」と送り出してくれた。
その後、今度は出版社にアルバイトで入社した。数年後にその会社で社員になり、研修としてかつてのバイト先だった印刷会社を訪れることになった。
「一緒に働いていた社員さんに会えるかな」などと少し期待していたのだけど、自分が働いていたフロアに行ったらライトテーブルはきれいさっぱりなくなって、知っている人は誰一人いない。代わりにデスクトップパソコンが「これでもか」ってくらいに並んでいた。
一瞬、「ただ場所が変わっただけかもしれない」とも思ったけれど、その後にキリヌキ作業をしている人たちの部屋につれて行かれたら、キリヌキもPCでやっていた。
自分がバイトしていた頃にカッターでキリヌキをやっていたおばちゃんたちは、おそらくPCを使えなかったと思う。
写植オペレータさんは、DTPを学んで写植機からPCに道具を変えて仕事を続けたかもしれない。続けなかった人もいるかもしれない。自分と一緒に版下をつくっていた人たちは元気だろうか。何をしているだろうか。
エロ本のぼかし入れ作業をたまに見せてくれたエアブラシ担当のMさんだけは、タイミング的にたぶん無事定年を迎えたはずだ。
今のAIが人の仕事を奪うの奪わないのという文脈でいうと、たぶんAIなんかのテクノロジーが人の仕事を奪うのは思ったよりも一瞬で、気づいた時にはたいがい遅く、ごっそりと人間の仕事を奪っていくんじゃないかなと、そんなことを思った。
その時には代わりにこれまでになかったような新しい仕事が生まれる、という説があるけれども、全員がきれいにそちらへスイッチするのは難しいだろう。