死後も残るブログ

Twitterも永久に続くと思っていたわけではなかったはずなのだが、16年も使っていると「続く」と思ってしまっていたみたい。でも2023年はTwitterからXに変わってそろそろ危ういなと思い、ライフログとしてのSNSをMastodonに乗り換えることにした。“お一人様”も含めていくつかのサーバーを試してみたんだけど、結局どれもいつかは消えるかもしれないよなーと思い、自分が死んだ後もできるだけ長く残るサーバーのスペースを探していた。

それで見つけた(正確には思い出した)のが、このサイトのプラットフォームでもある「Posthaven」だった。

月5ドルを1年間払い続けると、アーカイブモードに移行することができて、更新はできないがコンテンツは残り続ける。もちろん月の利用料を払い続けるうちは更新可能。

Posthavenの「Our pledge(私たちの誓い)」のページには

We'll never get acquired. We'll never shut down. You pay, we keep the lights on.
私たちは買収されない。シャットダウンしない。あなたがお金を払えば、私たちは明かりを灯し続ける。

と書いてある。ブログの永代供養みたいなものだ。

ちなみにPosthavenを立ち上げたのはY CombinatorのCEOであるGarry TanとBrett Gibson。2人は2008年にSachin Agarwalとともに、やはり“永遠に続く”とうたうブログプラットフォーム「Posterous」を立ち上げたが、2012年にTwitterに買収され、翌2013年4月末をもってサービスを終了した。Posterousユーザー救済の意味からGarry Tanらが「次こそは」と始めたのがPosthavenというわけだ。

もちろん何らかの理由で“誓い”が破られるかもしれないが、少なくとも「そのつもり」の人たちに託した方がいい。そう思ってこのブログを立てた。いくつかテンプレートがあって今はそれを使っているが、CSSもいじれるようなので、いずれ試そうと思う。

自分が死んだらここが墓標になる。

『セクシー田中さん』の漫画家・芦原妃名子さんが亡くなったこと

気づくと2024年も1カ月経過した。何から書いていいか分からないが、とにかくいろんなものが過去に流れていきそうな中で何かを書き留めておかなくてはと思うことがあり。漫画家の芦原妃名子さんが亡くなった件だ。

1月26日14:31のタイムスタンプで、芦原さんが自身のブログに「ドラマ『セクシー田中さん』について」(インターネットアーカイブより)というエントリーを上げ、同じことをTwitterにもポストした。『セクシー田中さん』のドラマ化が決まった頃から制作過程でのミスコミュニケーション、ドラマの最後の2話の脚本を自身が書かざるを得なかったことなどを説明したものだ。

1月18日11:18に「テスト」とだけツイートしているが、その時点で何か書き込もうと準備していたのかもしれない。そうだとすると、それからの1週間ほどの間、時間をかけて発信する内容をまとめていたのかもしれない。ブログに書かれた文章を見ても周到さ、慎重さは伝わってきた。

そして1月28日13:11に、ドラマについて書いたブログのエントリーとツイートをを消して、代わりに最期のツイートを残している。

1月26日14:31〜1月28日13:11の2日間で死ぬことを決めてしまった。

自分は1月27日の朝にTLに流れてきた芦原さんのツイートを見かけ、引用RTしていた。

そして、死亡のニュースが流れたのは1月29日の夕方頃だっただろうか。自分が気づいたのは恐らく19時過ぎで、19:31にツイートしている。

最初にニュースを見た時は血の気が引く感じがした。2日前に引用RTしたこと、あれが何か作用したとは思わないが、よく分かりもしないで絡んだことは少し後悔した。

私はそれまで、『セクシー田中さん』という漫画の存在だけは知っていた。TLに流れてきた広告を何度か見かけた程度だが、タイトルも絵もインパクトがあったので覚えていた、という程度。作者の名前すら知らなかった。ドラマ化されていたことも芦原さんの文を読むまで知らなかったし、ドラマに誰が出演しているのかも知らなかった。もう1つ、芦原さんがTwitterに慣れていないであろうことは分かっていたのにRTする形でものを言ったこと。内容が何であれ、RTの数をカウントアップしただけでも全く作用しなかったとは言い切れない。それがたぶん後悔の理由。

その後は、一緒に漫画を作ってきた担当編集者は悔やんでも悔やみきれないだろうということを思い心配になった。自分がその立場だったらと思うと気持ちや身体が耐えられるか分からないと思うし、想像しただけで実際少し吐き気がこみ上げた。

何があったのだろう、と思う。芦原さんがブログに書かれていたとおり「この文章の内容は私達の側で起こった事実」なのであり、テレビ局側、制作側で起こった事実もあるだろう。

その経緯を詳細に知りたいと思う。関係者に、芦原さんの死に対する自責の思いを持っていることを確かめたいとも思う。ただ、それを自分が知る必要があるのか、という疑問もある。たぶん無いのだろう。だから公に向けて説明すべきだとは思わないし、言いもしない。説明するならもちろん聞きたいが。

いろいろな可能性があるので、誰のどんな言動がこの最悪の結末を引き起こしたかは調査をしても恐らく本当のところは分からないかもしれないし、一つの要因ではなく細かい事実が積み重なって流れがつくられたというのが本当のところだろう。

何を「良い」「悪い」と言うかは、ビジネスの常識や仕事上のコミュニケーションははこうあるべきという規範を物差しに拠ることになるのだと思うが、それは業界によって違うし、細かく見れば人それぞれ少しずつ違う。

まとまらないのでいきなり終わるが、思うことが出てきたらまた書くかもしれない。ここはそういうブログ。

2024年の初詣は江戸前エルフにちなんで住吉神社へ

2024年は元旦から風が荒く、元日夕方には能登半島地震、2日には羽田でJALと海保の飛行機が衝突・炎上、3日には福岡・小倉で大規模火災という凶事から始まった。どうなることやら。

今年は3日に住吉神社を初詣。江戸前エルフにちなんで。でもあんまり聖地感はなかったかな。隣に並んでた馬鹿二人が鳥居をくぐる前から賽銭箱の前に立つ時までずっっっとデカい声でどうでもいいこと喋ってて全く神聖さのないお参りになってしまった。

まあおみくじ大吉だったからよしとするか…

運勢:大吉

桃桜 花とりどりに 咲き出でて
風長閑なる 庭の面哉

長閑な庭の美しい花の咲き匂って春の盛りの楽しい様に上吉の運に向かいます
けれど油断せずに信神して行い正しく些かも不義の楽しみに身を過たぬ様にせよ

願望 漸々吉運に向いて思わず早く叶う
待人 来ます
失物 出る 低い所
旅行 早く行くが利
商売 ひそかにすれば吉
学問 安心して勉学せよ
相場 無理をすると大損
争事 初は悪く後勝
恋愛 他人の言動に惑わされるな
転居 時を置け
出産 さわりなし 安産
病気 なおる 信神せよ
縁談 気長く思いすれず居れば 心のままになります

KANさんのクリスマスソング

KANさんはクリスマスソングが多い気がする。

「KANのクリスマスソング」
1992年だから自分が高校3年の頃かな。ジャケットに時代を感じる。タイトルに自分の名前を冠するのがよい。

「今年もこうして二人でクリスマスを祝う」
1999年。とりわけこの曲をこんな気持ちで聴くなんて思いませんでしたよ。

「Christmas Song」
2011年。

足立区の町工場発「端材」に命を吹き込む「チョコ・ザイ」がハンドメイド作家たちと出会った

※2025年3月末「fabcross」運営終了に伴い、自分が書いた記事をアーカイブとして転載しました。

メーカーが製品や部品を製造する過程で必ず出る「端材」。寸法が余ったものや、作業の残りかす、規格に合わなかったものなどさまざまな端材がある。ものによっては製品となる部分より多いこともあるが、基本的にはすべて廃棄される。そんな端材に新たな価値を与え、蘇らせようとするのが「チョコ・ザイ」プロジェクトだ。(撮影:淺野義弘)

東京・足立区のものづくり企業らが集まって始めたプロジェクト

このプロジェクトに取り組んでいるのは「未来DESIGN」というグループ。TOKYO町工場HUB代表の古川拓氏が事務局長としてまとめ役をしつつ、東京・足立区の町工場の経営者、プロダクトデザイナーらと共に進めている。

未来DESIGNは、プロダクトデザイナーである田口英紀氏が2014年に足立区でものづくりをしている人たちにデザインを教える「デザイン講座」を立ち上げたことから始まった。現在、メンバーは工場の経営者が6〜7割ほど、その他にも作家、デザイナーなどが集まってさまざまな試みを行っている。ちなみに、以前fabcrossで取材した「ミユキアクリル」こと有限会社三幸の小沢頼孝会長もメンバーの1人だ。

その中の実験的な取り組みとして「チョコ・ザイ」がスタートしたのは2022年11月のこと。キックオフイベント「チョコ・ザイ祭り」を、足立区にある未来DESIGNメンバー所有の空き倉庫で開催し、チョコ・ザイの販売とワークショップを行った。その後2023年4月には、足立区の舎人公園で開催された「千本桜まつり」に出展し、チョコ・ザイを100円均一で販売した。

「ちょこっと」の端材を「ちょこっと」だけ加工

ここであらためて「チョコ・ザイ」とは何かを説明しておこう。端的に言うなら、「工場の製造過程で出る端材を、少しだけ加工した材料」のことである。「少しだけ加工」とは、その端材を使う人が怪我をしないようにバリを取ったり、扱いやすい大きさにカットしたりする程度の加工だ。

工場で作るものは規格品であり、ものによっては0.01mmレベルの公差精度が求められる世界である。それに対して端材は“規格はずれ”であり、似たものはあっても厳密な意味で同じ端材はないと言っていい。「そのことを面白味と捉えて、何かに使えないかと考えたのがチョコ・ザイの始まり」だと古川氏は話す。

TOKYO町工場HUB代表で未来DESIGN事務局長を務める古川拓氏。

また、工場で出る端材は基本的に長期間保存するものではない。ある程度たまれば、廃棄ないしリサイクルのために回収されていくし、出る端材を全て加工できるわけでもない。「ちょこっと」の端材を「ちょこっと」だけ加工した材料が「チョコ・ザイ」というわけだ。

一期一会の出会いを面白がってもらいたい

そしてもう1つ、チョコ・ザイの特徴として「賞味期限」がある。本来は回収に出すはずの端材を在庫として抱えるとなると、「それは少し違う」というのが未来DESIGNとしての考え方だ。だから、1日〜数日程度のイベントで販売するか、インターネットで販売するにしても1週間の期間限定販売としている。

「これが、例えば『ハンズに行けばいつでも棚に置いてある』ではちょっとつまらないんですよね。縁日の出店のような感じで捉えてもらえれば」と古川氏は話す。

「今日ここで出会った端材には、もう出会えないかもしれない」、そんな一期一会の出会いを面白がってほしい、面白がれる人に提案したいという思いが、チョコ・ザイのコンセプトには込められている。

クリエイターとの出会いを求めて西へ

2023年8月の終わり、プロジェクトの次なる展開として、東京・世田谷区にあるファブスペース「シモキタFABコーサク室」で、チョコ・ザイをお披露目するイベントが催された。

不定期に催されている「夜のコーサク室」の一環として「『チョコ・ザイ』に出会う会」が開かれ、シモキタFABコーサク室と関わりのあるハンドメイド作家の人たち10人と、未来DESIGNのメンバーが一堂に会した。

実はこのイベントも、偶然の出会いから生まれたものだ。古川氏がたまたまシモキタFABコーサク室を利用しに訪れた際、同施設を運営する一般社団法人CO-SAKU谷の代表・高橋明子氏にチョコ・ザイについて話したことがきっかけだった。

一般社団法人CO-SAKU谷 代表理事 高橋明子氏。

「私自身の本業はマーケティングなので、ものづくりに関しては素人です。この場所をどう使っていくか、試行錯誤しながらここまでやってきました」と高橋氏は話す。クリエイターをはじめものづくりの担い手である人たちの声や要望に耳を傾け、機材やスペースを提供することだけにとどまらず、コーサク室というスペースのポテンシャルを利用者と共に拡げていくことを目指しているという。この「夜のコーサク室」企画やクリエイターと共に開催しているポップアップイベントなどは、まさにそれが形になったものだ。

「ハンドメイド作家さんは、面白い素材を見つけ、それをものづくりに生かすプロフェッショナル。チョコ・ザイの話を聞いて、いい出会いの場を作れるのではないかと思い今回のイベントの形になりました」と高橋氏は開催の経緯を説明した。

チョコ・ザイいろいろ

イベントの冒頭、古川氏はチョコ・ザイのコンセプトを説明し、「私たちにはこれを使って何を作るかというアイデアが特段あるわけではありません。皆さんのような作家さんに、これを見ていただいて、インスパイアされることがあればどんどん使っていただきたいと思っています」と話した。「よかったら見ていってください」の一声の後、めいめいが興味のある材料を手に取りながら、未来DESIGNのメンバーの話に聞き入っていた。

一口に端材と言っても、素材の種類はさまざまだ。金属や樹脂・アクリル、木材、皮革、紙、布、ガラス、陶器のほか、畳の材料であるイグサや縁(へり)の端材もある。どれも“規格はずれ”だが、元は規格品と同じで技術者・職人が厳選した素材だ。

これは、金属加工品の端材。小さな穴の開いた部品をつくるためにプレス機械によってくり抜かれた部分だ。ビンに入っていると星の砂のようできれいだが、くり抜かれた直後は油まみれでバリがある状態なのだそう。繰り返し洗浄して油を取り、バリを取る作業をしてようやくこの形になる。だから、出た端材を全部チョコ・ザイにすることはできない。工場の従業員の方が本業の合間に作業できる範囲内で「ちょこっと」つくるのだ。

イベントに来ていた野村畳店の端材。同店は2007年の全国技能グランプリで優勝し、畳製造技術で内閣総理大臣賞を受賞したこともある。端材も一流の職人が厳選するものだ。

建材店から出る木材の端材。

ワニ、ゾウなどの皮革の端材。

ある程度デザイン・加工されたものもある。

この日シモキタFABコーサク室を訪れた未来DESIGNメンバーのうち、町工場から参加したのは、金属プレス加工の株式会社トミテック代表取締役・尾頭美恵子氏、金網フィルターメーカーであるジャパンフィルター株式会社代表取締役・木村真有子氏、野村畳店の野村祐一氏の3人。

それに対し、ハンドメイド作家は、帽子、革靴、刺繍、アクセサリー、金属工芸、置物など、多方面のジャンルで扱う素材もさまざま。それぞれが興味のあるチョコ・ザイを手に取りながら、何を製造する過程で生まれ、どのような「少しの加工」が施されたものなのか、未来DESIGNのメンバーの説明を真剣な眼差しで聞き入っていた。

作家の1人は、「自分の作品で使っている材料とは全然違う材料を見て、『どんなものが作れるかな』と刺激になりました。これがごみになってしまうのは本当にもったいない。私もそうですが、今日参加した皆さんは何かしらヒントを得たんじゃないかと思います」と話していた。

端材も元は規格品と同じ材料なのに

「今日ここに来ているような方たちにプレゼンテーションしていけば、皆さんのアイデアで端材が息を吹き返すかもしれない。そう思ってやっています」。そう話すのは、未来DESIGNのメンバー・田口氏だ。

プロダクトデザイナーである田口氏は、大手電機メーカーから時計メーカーへ転職し、約20年にわたって時計のデザインをしてきた。香港の事務所に赴任して海外向けの製品をデザインしていたため、在籍期間の半分くらいは海外だったそうだ。

プロダクトデザイナーの田口英紀氏。未来DESIGNメンバーからは「田口先生」と呼ばれている。

そうした経歴のある田口氏には、「とにかく材料に出会ってもらいたい。ものを作る時にこういうものが出るんだということを知ってほしい」という思いがある。

しかし、だからといって無償で端材を配ってしまうと、簡単に捨てられてしまう可能性もある。そのため過去に実施した「チョコ・ザイ祭り」や千本桜まつりでは、1セット100円や150円という低価格で販売した。今回のイベントは、クリエイターにチョコ・ザイを知ってもらうことが目的だったため販売はしなかったが、思いは変わらない。

「やっぱり『買った』という意識を持っていただきたいので。材料として価値はあるんです。例えばこの端材は国産高級車に使われている材料。製品は高価なのに、端材はごみでしかない。でも同じ素材なんです」(田口氏)

チョコ・ザイの今後の展開の1つとして、デザイン専門学校や美大に提供し、教材として置いてもらうことを考えているそうだ。

「実はそういう芸術系の学校で、材料工学を教えているところはあまりないんです。理工系に分類されますし、先生も材料についてはそれほど詳しくない。芸術系以外でも、例えば工業高校でもいいと思う。そういうところに教材として置いてもらうと、一つの手がかりになるかもしれない」(田口氏)

地域の外に踏み出し社会との対話を求める姿勢が広がりを生む

チョコ・ザイの取り組みについて古川氏は、「サステイナブルだとか、社会をよくしようとか、地球環境を守ろうとか、そういうことを大々的に掲げるつもりはない」と話す。その理由は、「工場は本来的に大量生産・大量消費の一端を担っていますから、それを言い出すと空々しく聞こえてしまう」ということだそうだ。「だから、せめて何か面白い角度から取り組むことができないかと、チョコ・ザイを始めました」。

古川氏はこの日も「対話」という言葉を何度も口にしていた。それは未来DESIGNというグループが、会員企業や特定の業界、地域の発展を目指す商工会的な組織ではなく、「対話」と「学び」を目的とするソーシャルラボと定義されていることに基づく。

「私たち未来DESIGNは、『これからの豊かさとは何か』をテーマに据えています。明確に何をしようという目的はありませんが、人と会って話したり、考えたり、社会とコミュニケーションしていくソーシャルラボとして少しずつ活動しています」

その「対話」には、未来DESIGNのメンバー間の対話だけでなく、地域や社会との対話も含まれる。その意味で、シモキタFABコーサク室と実現したイベントは、チョコ・ザイにとって足立区という地域の「外」に踏み出して対話する重要な機会だった。

「私たちにとって、実はこのイベントのような機会が大事なんです。足立区から下北沢へ来て、いろいろな方にお目にかかって話ができるなんて幸せです。たぶん他ではあまり行われていないのではないでしょうか。やはりどうしても身内で固まりがちで、広がりがなくなってしまうので」と古川氏は話す。

その思いはシモキタFABコーサク室の高橋氏も同じようだった。古川氏をはじめとする未来DESIGNに「外向き」な印象を受けたからこそ、「一緒に何かやろう」という考えになったのだと語っていた。

古川氏は、「作家さんたちにチョコ・ザイを見ていただき、いろいろと発見や再確認がありました。1つは、チョコ・ザイのようなアイデアが東京の西側でも受け入れられるということ。もう1つは、チョコ・ザイはあのイベントのような交流の呼び水ともなりうることです」と語る。一方で「次の段階に進むには何かが足りない」とも話し、これからの展開について高橋氏とさらなる取り組みを企画しているそうだ。

今度はいつ、どこで、どんな形で個性豊かなチョコ・ザイたちと出会えるのか、次の展開を期待したい。


『攻殻機動隊 SAC_2045 最後の人間』を観た

先日の日曜日にMOVIX亀有で『攻殻機動隊 SAC_2045 最後の人間』を観た。

Netflixでやってたのは観たので、内容的には特に何もという感じ。

自分が慣れてないだけなんだろうけど、まだ3DCGは「サンダーバード」みたいって思っちゃって没入できない。ダイナミックで速い動きのあるアクションシーンは面白いけど、普通のシーンは人形劇を観ているよう。あとポストヒューマンの動きがシンプルに滑稽過ぎて我に帰ってしまう。

そのぶん声優の身体性が際立って味わい深くなるのはよいと思う。

KANさんが逝ってしまった

音楽家のKANさんの訃報が流れた。2023年11月12日に亡くなったとのことだった。

3月だったか、がんを公表されて以降たまに思い出しては心配していたが、元気にみんなの前に戻ってくると思っていたので、「え」という虚を突かれたような気持ち。

中学時代、STVラジオの「アタックヤング」という番組で土曜日のパーソナリティーを担当していたのがKANさんだった。だから最初に聴いた曲が何だったかと言われると、ちょっと覚えがない。毎週月曜になって学校に行ったら、友人たちと週末のアタヤンの話をした。

「愛は勝つ」がヒットして、テレビによく出演するようになってたころは見るたびになぜか勝手に面映ゆいような、居ずまいのよろしくないような気持ちになっていた。

高校、大学と進んで周りにKANさんを聴く人はいなくなったけど、アルバムは必ず買っていた。ライブに行ったのは社会人になってからだいぶたってから。一度しか行けなかったのを悔やむ。

一番好きな曲は「秋、多摩川にて」。歌い出しの「水辺低く飛ぶ鳥と」のところの旋律で情景が浮かぶ。バンドをやっている友人に聴かせたら「相当ひねくれてますね」と言った。たぶん合ってる。自分にとっては「これぞKANさん」という感じがする曲。

KANさんと、KANさんの音楽との出会いに感謝しつつ、ご冥福をお祈りします。

それにしても、SNSでいろんな方が言及していて「人徳」ってすごいものだなと思う。

振動で視覚障害者の歩行をサポートする「あしらせ」——ユーザーと共に作り上げる開発体制

※2025年3月末「fabcross」運営終了に伴い、自分が書いた記事をアーカイブとして転載しました。

単独で事故が起こる「歩行」はモビリティと言えるのではないか——そのような発想から、視覚障害者の単独歩行を支援するナビゲーションシステム「あしらせ」は生まれた。視覚障害者が街を歩く際に頼りにする耳を邪魔せず、靴に装着して、足の甲、横、かかとへの振動で道順を知らせるあしらせは、2023年1月から実施したクラウドファンディングで760万円近くの支援を集めた。ユーザーを、共にプロダクトを作り上げる“仲間”にして、顕在/潜在ニーズに応えながら開発を進めるAshiraseの代表取締役 千野歩氏とCTOの田中裕介氏にインタビューした。(撮影:新見和美)

視覚障害者の歩行を支援するデバイス

「あしらせ」は、視覚障害者が靴に取り付けて、振動で道順を知らせるデバイスだ。靴に装着するハードウェア、専用スマートフォンアプリ(現在はiOSのみ)、データ収集/解析の基盤となるWebサービスという3つの要素からなるシステムだ。さらにハードウェアは、靴の外側に取り付ける「本体部」と、靴の中に入れて足を包み込むように密着させ振動で情報を伝える「振動部」の2つに分かれる。

ハイカットの靴やブーツでなければ、スニーカーや革のビジネスシューズなどどのような靴にも取り付け可能だ。

本体部には電池やモーションセンサーなどが搭載され、スマホとの通信や振動を制御する。振動部で振動するのは足の甲、外側面、かかとの3カ所、左右で計6カ所だ。片方分の質量は約65g、卵1個分くらいだから歩く上でほとんど負担にならないだろう。専用のアプリは音声で操作でき、目的地を告げるとルートが設定される。それに沿った情報がスマホアプリからBluetooth経由でハードウェアに送られ、振動部が適宜振動して進むべき方角や道順をナビゲートしてくれる。

「ディレクション」と「ナビゲーション」

あしらせの中心となる機能は、「ディレクション」と「ナビゲーション」の2種類ある。

ディレクションとは、ユーザーの体を起点とした方向(向き)を伝えることだ。アプリで目的地を設定した後、歩き出す時にまずどちらの方向へ体を向ければよいかを伝える。例えば、今向いている方向と逆の向きに歩き始める場合は、かかとが振動するので180度向きを変えて歩き出す。そうすると、今度は足の甲が振動するので「この方向で合っているんだな」と分かる、という具合だ。

あるいは、目的地の近くに到着した時、足を地面に「トントン」とすると、モーションセンサーがその動きを捉え、どちらの方向に目的の建物があるのかを伝える機能もある。分かりやすく「トントン機能」と呼ばれるこの機能は、目的地に到着した以外にも、歩いている途中に「あれ、今のところを曲がらないといけなかったかな?」と思った時に「トントン」とすれば、その地点を起点に進むべき方向をあらためて教えてくれる。

ナビゲーションは、道順を伝える(ルート案内)機能だ。設定した目的地までのルートに沿って歩いていて、曲がり角が近づくと、曲がるタイミングと曲がる方向を振動で伝える。曲がる地点まで距離があるところから長い間隔でゆっくりと振動し始め、さらに近づくと振動の間隔がだんだん短くなることで曲がり角までの距離感を伝える。そして曲がり角に来ると、振動部全体を振動させて「ここを曲がってください」という情報を通知する。

ユーザーの現在地はスマホ側のGPSセンサーで検知しているが、ユーザーの体の向きや「トントン」のような動きは靴に装着するハードウェア側でセンシングしている。スマホをかばんの中に入れたままでも使える点は、他の視覚障害者向けのアプリではあまり見られない特徴だ。

あしらせのベースとなる地図データは、外部のサービスを利用し、ルーティングなどを行っている。ただ、そのままでは視覚障害者向けのナビゲーションにはフィットしない場面もある。例えば大きなカーブを道なりに右へ90度曲がる場合、晴眼者からすると「直進」だが、視覚障害者からすると「右折」として知らせてほしいというニーズがあるそうだ。あしらせは、ユーザーが検索したルートを、視覚障害者向けに解釈してそれを振動で伝えるようにしている。

なぜ振動? 直感的なデバイスを目指して

あしらせは、視覚障害者の単独歩行を支援するナビゲーションシステムという位置付けだ。例えば信号や障害物があることを知らせるような機能はなく、あしらせ自体が安全を担保するわけではない。あくまでも安全はユーザー自身が確認するものであり、進む方向や道順の確認をあしらせに任せることにより「安全確認に集中できる環境をつくる」というのが大きなコンセプトだ。

視覚障害者は、聴覚や残存視力、足の裏などをフルに使って外界の情報を得ている。また近年、スマホは視覚障害者が日常生活上のさまざまな行動に欠かせない重要なデバイスになっている。特にiPhoneが多く使われており、カメラを通じて得た情報を音声に変換するアプリや、読み上げ機能を活用したコミュニケーション用途のアプリなど、音声によるスマホ利用で視覚障害者ができるようになることは非常に多い。

ディレクションにしてもナビゲーションにしても、言葉(音声)で伝えることは簡単だ。でも、ただでさえ安全確認を音に頼る部分の多い視覚障害者が「安全確認に集中できる環境をつくる」ことを目指しているからこそ、あしらせは聴覚を妨げないよう情報を振動という直感的なインターフェースで伝えることに徹している。また、スマホの電池の減りをできるだけ抑えるよう設計するなど、細かい配慮がなされている。専用アプリは画面を閉じたまま使えるため、さらに消費電力を小さくできる。

Ashirase代表取締役 千野歩氏

「生活の中に溶け込むプロダクトにしたいという思いがある。視覚障害を持つユーザーが行動範囲を広げるのを後押ししたい」と、あしらせを開発するAshirase代表取締役の千野歩氏は話す。

ホンダで出会った3人で創業

千野氏は2008年に青山学院大学を卒業後、本田技術研究所(ホンダ)に入社。電気自動車やハイブリッド車のモーター制御エンジニアを経て、自動運転システムの開発に従事していた。あしらせを開発しようと考えたきっかけは、2018年に身内に起きた事故だった。90歳近い目の不自由な義祖母が一人で外を歩いている時に川へ落ちて亡くなった。警察の話では「高齢で目が不自由だったため足を踏み外したのではないか」ということだった。

「自動車というテクノロジーは、常に安全を念頭に置いて開発します。外界からの影響が何もなく、単独で事故が起きるなどあってはならないことで、幾重にも安全対策が施されています。歩行も自動車と同じモビリティの一種だと捉えられるのに、『それにしてはテクノロジーが入っていないな』と思ったことがきっかけでした」(千野氏)

事故の後すぐに、地元にある視覚障害者のための福祉団体にコンタクトを取り、当事者にヒアリングを始めた。ホンダでの仕事とは別に、プライベートの時間を使ってアイデアを出し、プロトタイピングとテストを繰り返していった。翌2019年1月には任意団体SensinGood Lab.を設立し、仲間を増やしながらピッチコンテストにも参加した。

Ashiraseの創業メンバーであり、CTO(最高技術責任者)を務める田中裕介氏と出会ったのはその頃だ。東京理科大学を卒業後、システムインテグレーターに就職した田中氏は、ホンダに常駐して開発に従事していたが、その部署に千野氏が異動してきたのだった。千野氏の取り組みを聞きつけた田中氏は「自分も一緒にやりたい」と申し出て、開発に参画することになった。ただ、ホンダの同じ部署で働いていたのは半年ほど。田中氏は派遣元のSIを退職し、ビジネスと技術を学ぶ“修行”のため転職しエンジンバルブ制御のシステム開発に携わった。

Ashirase取締役CTO 田中裕介氏

あしらせにとっての転機は2021年に訪れた。ホンダの新規事業創出プログラム「IGNITION」の第1号案件に採択されたのだ。ホンダからスピンアウトする形で一部出資を受けながら2021年4月、株式会社Ashiraseを設立した。創業時のメンバーは千野氏と、約1年半の“修行”から戻ってきた田中氏に加え、CDO(最高開発責任者)の徳田良平氏の3人。徳田氏は富士通からホンダへ転職した人物で、主にハードウェア周りを担当している。CTOの田中氏は組み込み含むソフトウェア周りを担う。現在の社員は10人ほどで、業務委託のメンバーも含めると約15人で開発を進めている。

視覚障害を持つユーザーと一緒に作り上げる

あしらせは、2023年1月21日から3月5日にCAMPFIREでクラウドファンディングを実施し、100万円の目標金額に対して173人から約760万円の支援金を集めた。目標金額を大幅に上回る支援を集める結果となったが、その狙いは資金調達とは少し違うところにあったのだという。

「まだ世の中にない新しいものを作るときは、自分たちが想像できる範囲だけでテストしても精度が上がっていかないし、ニーズに合致しないものになってしまう。クラウドファンディングをした一番の目的は、視覚障害者の方に実際に使っていただいて、機能へのフィードバックや我々が気づいていないニーズ、利用データを集めたい意図が大きかった」と千野氏は話す。

ただ、お金を頂いてその上にテストユーザーになってもらうのは都合がよすぎるだろうということで、あしらせを購入した人には「1回新品無償交換券」を付けることにした。「あしらせを購入してテストに協力していただけたら、次のバージョンのハードウェアを無償で提供しますよ」という意味だ。

「ユーザーの方たちと一緒にプロダクトを作り上げていきたいと思っています。クラウドファンディングは、その仲間作りの意味を含めたチャレンジ」だと千野氏は話す。

アクセシビリティが鍵

今回のクラウドファンディングは、Ashiraseにとってプロダクトを売る初めての機会でもあった。その意味で、マーケティングの検証という意味合いも大きかったという。いわゆる「4P」のフレームワークにおける製品(Product)以外の価格(Price)、販売経路(Place)、広告/販売促進(Promotion)をどうすべきかのテストだ。

あしらせは視覚障害者向けのプロダクトだから、一般的なECサイトに掲載すればすんなり売れるわけではない。そもそもあしらせをどのように認知してもらうか、視覚障害者自身が本当にインターネットで購入できるのか、スムーズに購入するにはどのようなサポートが必要かを想定しておく必要がある。

また購入後に使い始めるまでのプロセスも晴眼者とは異なるはずだ。箱の形状をどのようにすべきか、箱から取り出してスムーズに靴に装着してもらえるか、左右を間違えず取り付けられるか、アプリをどのような経路でインストールしてもらうのがよいか、実際にプロダクトに触れる場を設けた方がよいのか——そうした一連の流れをユーザーに合わせて設計しなければ、視覚障害者向けの問題解決には至らないだろう。

樹脂の部分を手で触って、線の数で左右を確認できる。

「購入してもらうこと、使ってもらうことのハードルがものすごく高い領域だと思っています。検証を繰り返しながら、顧客の解像度をより上げていくことが課題。ただ、難しいゆえにナレッジを社内に蓄積していけば競争優位性を築くことにもつながる」と千野氏は捉えている。

ユーザーのニーズを取りこぼさない開発

ここまで見てきたように、あしらせには視覚障害者向けのプロダクトだからこそ求められるものが数多くある。それは「こういう機能が欲しい」「ここを改善してほしい」というユーザーからの直接の要望だけではない。目が不自由な人に買ってもらい、使ってもらうまでをスムーズに実現するために備えるべき要件もそうだ。またメーカーとして品質を担保しつつ、適正なコストのもと利益を確保して持続可能なビジネスと開発体制を築くために必要なこともある。

それらを漏れなく確実にプロダクトやサービスに落とし込むため、AshiraseではCTO田中氏の発案により、MBSE(Model Based Systems Engineering)の考え方を開発に取り入れている。MBSEは製品設計前から市場投入後に至る製品ライフサイクル全体のプロジェクトを管理するための概念で、MBD(Model Based Development)と併せ、日本では自動車メーカーが普及を進めているものだ。SysML(MBDで使われる、システムをモデリングするための言語)を用いて要求、要件定義、設計、実装、テストの流れを一元管理する開発の一端が「Ashirase社員Note」で公開されており、ものづくりをする上で参考になるはずだ。

MBDはホンダで働いていた時も、その後転職した会社でも行っていたが、田中氏は「少しやり方が違うのではないかと思っていた」と話す。そこで、過去の経験を生かしつつ、Ashiraseではゼロからモデルを作ったそうだ。

「ユーザーから頂いた声のうちどれを要求として受け取り、それをどういうシステムに落とし込んでいくかを一つ一つ関連付けて管理できるようになっています。だから、『なぜ今こうなっているかが分からない』ような機能は存在しませんし、もしあったら機能自体を消します」(田中氏)

システム要求図の一部。(「Ashirase社員Note」より

「要求に対してきちんとテストができているかを追えるトレーサビリティがないと、技術的負債がどんどん溜まっていってしまう。それを極力避けることが狙い」だと田中氏は話す。「アクセシビリティを軸に据えているので、振動の分かりやすさや、ナビゲーション自体の分かりやすさを突き詰めていくこと」が目下の課題だ。

歩道の地図データに注目 世界展開も視野に

あしらせが集めるデータにも期待がかかる。現状では、自動車の安全走行支援を用途とする車道の地図データは世の中に多くあるが、歩道の地図データはまだ少ない。あしらせが検知した段差や勾配、障害物などのデータがあれば、例えば配送ロボットを実装する上で有用なデータとなる。また、今後さらに高齢化が進む日本において、シニアカー(電動カート)などの小回りが利く新しいモビリティも増えていくと考えられる。あしらせのユーザーがたどった歩道のデータが貢献できる余地は大きいだろう。

会社としての目下の目標は、2024年度内の単月黒字化だ。これは、国内だけでなく海外の市場も視野に入れている。2023年1月に米国ラスベガスで開催された「CES 2023」に出展し、アクセシビリティのカテゴリでイノベーションアワードを受賞した。

「国内のみで達成できる道筋は立てています。ただ、マーケットは海外の方が圧倒的に大きい。もちろん難しい面もあるが、言語を中心としたプロダクトではないので可能性はあると思っています。CESでも当事者団体の方からはポジティブな反応がありました。アメリカ、ヨーロッパを入り口にあしらせを世界へ広げていきたい」と千野氏は展望を語った。

毛管力で水を吸い上げ「色」で水やりのタイミングを知らせる「SUSTEE」ができるまで

※2025年3月末「fabcross」運営終了に伴い、自分が書いた記事をアーカイブとして転載しました。

「水やり3年」という言葉がある。植物を枯らさないよう正しく水をあげられるようになるには少なくとも3年の月日がかかる、それくらい水やりは難しいという意味だ。園芸農家や生花店の人でさえ、見た目だけでは植物の“空腹度”の見極めは難しい。個人が趣味で始めた園芸を諦めてしまう要因となるケースも多い。水やりチェッカー「SUSTEE」を使えば、どんな人でも、3年待たずに適切なタイミングで植物に水をあげられるようになる。飛行機のパイロットを辞めて起業した、キャビノチェ代表取締役 折原龍(おりはら りょう)氏に、SUSTEEの仕組みや製品開発の経緯を伺った。(撮影:加藤タケトシ)

電池不要、土に挿すだけの「水やりチェッカー」

植物を育てたことがある人なら、水やりのタイミングを間違えて根腐れを起こしたり枯らしたりしてしまったことが一度はあるのではないだろうか。そうならないためのツールとして土壌水分計というものがあり、土の中の水分量を表示したり、根が土中の水分を吸う力「pF値」を示したりしてくれる。ただ、いずれの指標にしても、どの値の時に水をあげるべきかを知らなければ、適切に水やりができない。

それに対して、キャビノチェが開発した「SUSTEE(サスティー)」は、植物の近くの土に挿しておくだけで、水やりをするタイミングになったら「色の変化」で示してくれる。インジケーターの色が青い時は水をやらなくて大丈夫。白くなったら水をあげる。たったそれだけのシンプルなツールだ。

このような機能を、どのように実現しているのだろうか。

SUSTEEも、指標としてはpF値を使っている。pF値とは、本来土が毛管力によって水を引きつける力を表す値だ。植物側から見ると、根が土に含まれている水を奪おうとする力ともいえる。土の中に水が十分含まれている時はpF値が0に近くなり、植物が力をあまり使わずとも水を吸うことができる状態を表す。しかし土中の水分が少なくなってくると、pF値は高くなる。これは、植物がより強い吸水力を発揮しなければならない状態であることを意味する。

「pF値が1.7〜2.3の範囲は『有効水分域』と呼ばれていて、植物が植わっている土中の水分がこの有効水分域の状態にあれば、“どの植物も”根腐れしたり水が足りなくて枯れたりすることはありません」と折原氏は話す。

植物がしおれかけてから水をやるのでは遅い

SUSTEEは、土から水を吸い上げる「芯材」と「外装」の大きく2つの部分からなる。芯材は、自然由来の繊維をより合わせた不織布と、インジケーター部分に当たる色の変わるシート、それを保護するストロー状のカバー、3つのパーツで構成される。外装はポリカーボネート製で、土に挿す一番長いパーツと、その先端にあるキャップ、インジケーター部分の透明なパーツ、上部のキャップ、4つのパーツからできている。

外装の下部、土に埋まる部分に穴(吸水口)が開いており、ここから水を吸収する。植物に水をあげると、吸い上げられた水がインジケーター部分にまで達し、そこに巻かれている特殊なインクを使ったシートが水分に反応して色が青く変わる。時間が経ち、土中の水分がなくなってくるとシートの色が白くなり、水やりのタイミングであることを教えてくれる。使い方はとてもシンプルだ。

「SUSTEEの構造は、植物と同じなんです。植物は根から水を吸い、毛細管現象によって水を吸い上げる力(毛管力)を使って茎や葉へ水を行き渡らせ、葉から水を蒸散します。SUSTEEは根の代わりに吸水口から水を吸収して、芯材の毛管力で上部まで水を吸い上げます。そして葉の代わりに上部にある2つの穴(蒸散口)から蒸散します」

ただ、ここで1つ疑問が湧く。「どの植物にも使える」という点だ。植物によって必要な水分量が違ったり、乾きに耐えられる期間が違ったりして、水やりのタイミングも違うのではないだろうか。

「よく言われますが、それは誤解です。生花店の方でもそう思っている人が多いのですが、水をあげるべきタイミングが植物によって違うという認識そのものが“勘違い”なのです」

なぜそのような“勘違い”が生まれるのか。折原氏は、「多くの人は、葉がしおれ始めたら水をあげるものと思っているから」だと話す。その状態は、人間にたとえるとすでに脱水症状が起こった状態で、有効水分域の範囲外に当たる。専門的には「初期しおれ点」と呼ばれ、この状態で水をやり続けると植物にダメージが蓄積されてしまうのだという。

有効水分域とは、人間でいうと少しお腹が減った程度の、空腹でも満腹でもない状態だ。このタイミングで水をあげ続ければ植物にダメージはなく、健康が保たれる。つまり、「空腹でもう耐えられない」という状態になる初期しおれ点は確かに植物によって異なるが、水をあげるのに適切な状態は、pF値が1.7〜2.3の範囲に“どの植物も”収まっており、それが有効水分域と定義されているということなのだ。

デジタルデバイスの構想を捨て、アナログな製品へ舵を切る

SUSTEEの「水やりに適したタイミングを色で示してくれる」という極めてシンプルな機能を実現した裏側には、自然物である植物と同じ構造のものを人工的につくるという極めて難しい開発過程があった。

実は当初、折原氏も従来のようなセンサーを用いた水分計をつくるつもりでいた。スマートフォンアプリと連動させて、水やりが必要な時に通知が来るようなものがあれば便利だろう、そんな考えだった。

キャビノチェ代表取締役 折原龍氏

「でも、リサーチで園芸が好きな人や日常的に植物を育てている人に話を聞くと、『アプリは嫌だ』と。拒絶反応がすごく強かったんです。とにかく『手軽に』『挿したら終わり』くらいのものであれば使いたいという意見がとても多かった」

いわゆるガジェット好きな人やIoTに関心がある人からすると、スマホアプリと連動するのは当然のように行き着くアイデアに思える。でも、園芸を趣味とする60代、70代といった年齢層の人たちにとってはハードルが高いのだ。加えて、電気を使うデジタルデバイスにはデメリットもあった。

「センサーを使うやり方のほうが、すでにモジュールが販売されているので設計はしやすいです。微妙な調整もプログラムでできますし。でも、センサー部分を定期的に拭き取りしないといけないとか、LEDで水やりのタイミングを知らせるものだと直射日光が当たって見えないという弱点もあることが分かってきました。また、電池に水が掛かってショートしたり液漏れしたりする可能性もあります」

そこで折原氏は当初のアイデアをきっぱりと捨てて、現在のSUSTEEに至るアナログな製品へ方向転換した。

水を吸い上げる「芯材」開発に苦心する

そこからの道のりは困難の連続だった。折原氏がある研究機関の人に「こういう機能性のものを作りたいと思っている」と話すと、「変数が多過ぎて何年かかるか分からない」と言われたほどだ。

例えば「土」とひと口に言ってもありとあらゆるタイプの土がある。植物も種類によって一つ一つ特性が異なる。土壌菌と呼ばれる微生物は200万種類以上いて、素材に影響を及ぼす。それら全てに対応する必要はないにしても、計算で答えを出そうとすること自体が難しい。

しかし、どうにかして手がかりをつかもうと、折原氏はまず芯材になりそうな素材をいろいろと集めてみた。たこ糸やガーゼなど綿製品、いろいろな種類の化学繊維、アルパカの毛なども取り寄せた。狙いは、「ちょうどpF値が有効水分域の時にインジケーターの色が白くなるように水を吸い上げる芯材」を探し当てることだ。

また、SUSTEEは繊維の毛細管現象を利用するため、繊維の密度によっても水の吸い上げ方が変わってくる。さらに、土の中には枯草菌など繊維を分解する微生物がいるため防腐処理を施す必要があるが、この防腐処理の度合いによっては適度に水を吸い上げなくなる。また、防腐剤を纏着(てんちゃく)するための結着剤であるバインダーの量によっても結果が変わってしまう。

「素材」とその「密度」「防腐剤の濃度」「バインダーの量」を変数とした無数の組み合わせの中で、どのパターンなら有効水分域で色が変わるようになるのか、かつ枯草菌に分解されずに長持ちするのか。データを取るために、細いチューブ状のABS樹脂を買ってきて中にさまざまな繊維を入れ、土に挿して実験していった。

あらゆる組み合わせのデータを取り、最適な組み合わせを探した。(写真提供:キャビノチェ)

さらに、外装側でも調整が必要なものがあった。土に挿す部分にある吸水口と、インジケーター付近にある水を蒸散させるための2つの穴の面積だ。この面積が大き過ぎたり小さ過ぎたりすると、ちょうど有効水分域の範囲で色が変わらなくなってしまうのだ。

加えて、製品化に当たって芯材にある程度硬さを持たせる必要もあった。製造過程において細長い外装に芯材を差し込む際、柔らかいと上手く入っていかないからだ。試しに洗濯糊を使って固めてみたものの、吸水性が阻害されることが分かり、最終的には芯材を水だけでより合わせることにした。

「複数の変数が複雑にトレードオフの関係になっていて、一つ調整すると上手くいっていたものがダメになる。機能性、耐久性、生産効率のせめぎ合いの中で開発を進めました」と折原氏は振り返る。

気が遠くなるような実験を年単位で繰り返した末に、SUSTEEの機能を実現するための素材と加工方法、構造を導き出した。これらのノウハウは全て特許を取得している(特許番号:5692826)。芯材はその後も改良を重ねており、いま出荷しているものは第6世代に当たる。開発は第9世代まで進んでいるそうだ。

ポリカーボネートによる長物の一体成形

製品化に向けて、高いハードルがもう一つあった。それは、外装の成型だ。外装は素材にポリカーボネートを用いている。ある程度の硬い土にも挿すことができる強度と、暑さや寒さ、紫外線への耐久性を求めての選択だ。しかし、ポリカーボネートは粘性が高いため、SUSTEEのような細長い棒状のもの、しかも芯材が入るように中空にして一体成形することが非常に難しかったのだ。

折原氏が手に持っているのはLサイズのSUSTEE。

折原氏は半年くらいかけて関東中の工場を訪ねて回り、この加工ができるところを探したが、ことごとく「この長さの加工は無理」と断られてしまった。そんな中、たまたま訪れた会社の担当者が植物好きな人で、社長にかけ合ってくれた。

「社長にお会いしたら、『折原くん、ここの工場はどうだった?』と聞かれたので、『この工場はこういう理由で技術的に難しいと言われてしまいました』と経緯を説明しました。同じ質問をいくつかの工場について聞かれ、一つ一つ断られた経緯を答えると、『君は十分回ったね。いいよ、うちでやってあげる』と言われ、加工を引き受けてもらうことができました」

その会社は創業から50年以上にわたり、ボールペンなどのパーツなどを製造してきた実績のある会社だ。そんな会社ですら、金型を見た現場社員が「どうして引き受けたんですか!」と社長に詰め寄るほど一筋縄で行かなかったそうだが、4カ月ほどかけてポリカーボネートの一体成形に成功する。

完成したSUSTEEは、2014年2月に東京で開催された「世界らん展」で初めて販売され、世界にデビューした。

プロダクトデザイナーの中林鉄太郎氏がデザインしたSUSTEEは、世界的なデザインアワードであるレッド・ドット・デザイン賞を2014年に受賞、続いて2015年にはグッドデザイン賞も受賞している。その審査の過程では、美しいデザインとともにポリカーボネートで一体成形した技術が高く評価された。

起業する前は飛行機のパイロットだった

キャビノチェの創業は2013年年7月。それ以前、折原氏は飛行機のパイロットだった。子どもの頃からパイロットに憧れていた──そんなストーリーを想像してしまいそうだが、折原氏の場合はそうではなく、大学を出て就職のタイミングで「サラリーマンではないものになりたい」という思いから、パイロットとして就職した。

しかし、実際になってみると訓練は非常に厳しいもので、管制塔からの英語での指示、複雑で膨大な手順を1つとして間違えられないことの精神的なプレッシャーも大きかった。

「飛行機が心から好きな人っているんですよね。飛行機を見ているだけでも楽しいし、触っているだけでうれしいという。そういう人にとって訓練は苦ではない。僕も飛行機は好きですけど、そこまでではありませんでした。将来、10年、20年とこの仕事を続けられるだろうかと自問した時、もっと自分に向いていること、楽しめることがあるのではないかと考え、別のキャリアを模索しました」

そうしてたどり着いたのが、「プロダクトデザイン」と「植物」という2つのキーワードだった。

「小さい頃からものづくりが好きで、中学生の頃にはぼんやりと『プロダクトデザイナーになりたい』と思っていました。ただ、どうすればなれるのかは分からなかったし、絶対なるぞという心持ちでもなかった」

そうやって自分の生きる意味や将来に思い悩んでいた折原氏は、ストレスから過呼吸になってしまった。その時にかかった医者に、「気晴らしになるような趣味を見つけなさい」と言われたのだそうだ。

「祖父が梨農家で畑を持っていたので、その一角を借りてハーブを育て始めました。もっと小さい頃は大阪に住んでいたのですが、神戸にある布引ハーブ園でシナモンの表皮を拾ったのが、ハーブに興味を持ったきっかけです」

ハーブの栽培は中学生にしては本格的で、多いときは数十種類、自分1人では使い切れないほどのハーブを育てるようになった。しかし、冬の寒さを逃れるためにハーブを畑から鉢に植え替えて室内で育てていた時に、水をやり過ぎて枯らしてしまうことがあった。その時の「どうして枯らしてしまったんだろう」という思いが、SUSTEEという製品へとつながっている。

世界共通の悩みを解消、植物を育てる楽しさを広げる

SUSTEEは、S/M/Lの3種類、カラーバリエーションはグリーンとホワイトの2種類を用意している。また、芯材は防腐処理をしているとはいえ6〜9カ月ほどで色が変わらなくなってしまうため、交換(リフィル)用に、芯材のみの販売もしている。

海外にも展開しており、販売実績のある国/地域は35以上になる。これまで累計300万本以上を販売し、2021年の1年間では約120万本売れた。2014年の発売当初は、Lサイズを1本1500円で販売していたが、数が出るようになった現在は600円ほどにまで価格を下げて提供している。

SUSTEEはプロの栽培農家にも使われているが、中心となるのは個人ユーザーだ。これまで、一般的に園芸を趣味とする年齢層は40代後半以上が中心だといわれてきた。しかしコロナ禍以降、自宅で過ごす時間が長くなったことにより観葉植物への関心が高まっているそうだ。特に若い人たちの間で人気が広がっており、「今までの園芸の世界とは違うところでムーブメントが起き始めている」と折原氏は話す。

開発を始めた頃はデジタルデバイスを志向していたが、「スマホアプリなんか使いたくない」と言われてアナログな製品に方向転換した。

「その時はやはりショックでしたが、同時に『使う人を選ぶ』製品はよくないなとも思いました。子どもから80歳、90歳の方まで、専門的な知識がなくても使える、国を超えて広く愛される製品のほうがいい」

そんな折原氏の思いがSUSTEEという製品になり、世界中で受け入れられている。